食材に“恋する”料理人の、飽くなき探究心―「MOSS CROSS TOKYO」増山明弘シェフ 【てまひまだよりVol.10】

 食を愛する人々に、料理や食材について熱く語っていただく「食通たちのてまひまだより」。今回は、東京・赤坂にある「MOSS CROSS TOKYO」の“恋するシェフ”こと増山明弘シェフが登場。生産者へ最大級の敬意を払い、「料理に人生を賭けている」と断言するシェフに熱い思いを伺いました。

 進化し続ける“和魂洋才”の料理 

MOSS CROSS TOKYO」は、2020年夏にオープンした「ホテル フレイザースイート東京赤坂」の1階に位置する、ホテルのメインダイニング。掲げるフィロソフィーは“和魂洋才”。自分がフレンチ出身ということもあり、自分が全国を駆け回って惚れ込んだ食材と西洋の技法を融合させたモダンジャパニーズ料理を提供しています。

 以前はフレンチレストランに勤務していたので、お米や醤油など、ご縁のある食材をなかなかいかすことができませんでしたが、ここではそういった日本の優れた食材を存分に使うことができます。日本の伝統的な技法、発酵にもこだわっていて、例えばメインのお肉をぬか漬けにしたり、自家菜園のさまざまな野菜を発酵させてソースにしたり。そのほか、土鍋料理も提供しています。うちの料理はひとことでジャンル分けするのが難しいかもしれません(笑)。

 そのうえに、来年はより要素をプラスして、自分が傾倒している薬膳やハーブ、スパイスの知識をいかしたメニューを開発していく予定です。全国の優れた生産者の食材はそのままに、“和漢魂洋才”を目指しています。自分が大切にしているのは、実際に訪れた生産地の景色や生産者の顔を思い浮かべながら料理を作るということ。極上の素材をいかすため、引き算の料理を心がけています。薬膳やスパイスを足すといっても、意味のない使い方はしません。要素の多い“和漢魂洋才”を謳いつつ、料理に本当に必要なものだけをプラスしていきたいと考えています。

「MOSS CROSS TOKYO」はライブ感あふれるオープンキッチン。シェフが調理する様子を眺めながら食事を堪能することができる。

周りの喜ぶ顔こそ、自分の原動力

 守りに入らず攻めた料理を作っていきたいので、現在非常に好評をいただいている前菜の9点盛りも、来年以降はやめてしまうかもしれません。安全なところに寄りかかりたくないので。なぜ攻めた、尖った料理が作りたいかというと、ミシュランの星が取りたいから。以前はそんなに強く思っていなかったのですが、全国の生産者を深く知るうち、彼らにもっと喜んでほしいと考えるようになりました。もちろん、おいしい料理を作ることが彼らへの恩返しになりますが、ミシュランのようなはっきりした形があるとより喜んでいただけるかなと。

 周りの喜ぶ顔は、自分の原動力ですね。自分がどうというより、生産者とお客様に喜んでいただきたい。前菜の9点盛りは、ちょこちょこと内容を変えているのですが、5日連続でいらしていただいたお客様のために別々の9品を5日間、計45品を用意したことがあります。アイディアを出し切って、頭が空っぽになりましたね(笑)。それも、ただただ、お客様に喜んでいただきたいから。そのためには妥協ができません。自分はギリギリまで模索して、最善を尽くそうとするタイプですね。

モーニング、ランチ、ディナーとすべての時間帯に提供している、松花堂弁当スタイルの前菜9点盛り。

料理は自分の人生の中心

 自分がてまひまをかけている部分といえば……答えにならないかもしれませんが、料理にまつわるすべてのことでしょうか。僕、料理に人生を賭けているんです。プライベートでも89割、いや10割、お店や料理のことを考えています。もともと人前で話すことが苦手だったのですが、イベントやワークショップなどを多く経験して、現在はすっかり慣れました。人は変わることを実感しましたね。コックコートを着ると不思議にアドレナリンが出るんです。

 食材を巡って全国を旅して、遠い将来はどこか地方に骨を埋めたいですね。これまでの経験をいかしてその場所の発展に貢献したい。食材あっての料理。クオリティをもっともっと上げて、食べる人の脳裏に生産地の景色が浮かぶような料理を作り続けていきたいです。

 最後に、自分がてまひまオンラインのなかから推す商品は丸正酢醸造元さんの「純こめ酢」。ヨーロッパのビネガーを使うことが多いのであまり日本の酢に触れる機会がなかったのですが、とある催事で造り手さんにお会いできたこともあり試したところ、これがおいしい!  木桶で作っていらっしゃるのでまろやかで使いやすい。ハーブライスやドレッシングなどに使っています。研究して、もっとうまく使いこなせるようになりたいですね。

増山明弘
千葉県出身。高校生の時に突如「これだ!」と閃き、料理人を志す。調理師専門学校を卒業したのち、フレンチレストランやパティスリーを経て渡仏。ブルゴーニュやシャンパーニュで修業したのち帰国し、国内のビストロやオーベルジュで料理長を務める。「CROSS TOKYO」の総料理長を経て、2020年夏、「MOSS CROSS TOKYO」の総料理長に就任。
純こめ酢(丸正酢醸造元)
増山シェフが「心に響いた」と語る米酢は、明治12年の創業以来、土壁・土間の蔵で貴重な熊野杉の大桶を使い続け、昔ながらの古式醸造で酢を造り続ける丸正酢醸造元によるもの。酢造りにいちばん重要な水は、世界遺産の那智山系の伏流水を使用。長年受け継がれてきた酢ならではの、コクのある味わいとふくよかな香りが楽しめます。

写真提供/MOSS CROSS TOKYO 取材・構成/門前直子

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