食を愛する人々に、料理や食材について熱く語っていただく「食通たちのてまひまだより」。今回は、岩手県の小さな村でローカルガストロノミーを追求する「ロレオール田野畑」伊藤勝康シェフ。実は、「岩手への思い入れは特にない」と言い切る伊藤シェフの食材への思いとは。
岩手の隅っこのフレンチレストラン
私が店を構える岩手県の田野畑村は、人口が3,000人にちょっと超えるくらいの、太平洋に面した小さな村。広い広い岩手県の中では「車で2時間」の移動は日常茶飯事なのですが、それでも、こんな遠くにある店まで全国各地からわざわざ足を運んでくださる方が大勢いるのは、本当にありがたいことです。
「どうして岩手でフレンチをやろうと思ったのか」──ものすごくよく訊かれる質問です。私は千葉県の出身で、岩手どころか東北地方とはまったく縁もなく、昔はどちらかと言えば暖かそうな西のほうに惹かれていたのですが(笑)。そんな私が岩手で店を構えることになったのは、たまたまというか……実を言うと、ダマされて岩手に来たんです。
私は高卒で東京にあるレストラン会社に就職し、コーヒーショップのサーヴィスからメインダイニングの厨房まで、文字どおり、下から駆け上がるようにして経験を積み、料理の技術を身につけていきました。そうして13年が経った頃、もっと上を目指すためにフランス修業に出ようと決意します。
家族の理解も得られ、渡仏に向けて順調に準備を進めていたのですが、そこに突然、「岩手で前沢牛を扱うレストランのシェフをやらないか」という誘いが舞い込みます。実は私の妻が岩手出身で、私の独立を知った義父が話を進めていたらしいんですね。それで、仕方なく岩手に来るはめになった、というわけです。
岩手で知った野菜の本当のおいしさ
当初3年という約束で岩手に来た私が、数年後には自分の店をもち(当初は出張料理をやっていました)、そのまま30年近くもこの地に居続けている理由は、なんと言っても食材の素晴らしさに他なりません。東京から渋々やってきた私は、ここの野菜をひとくちかじって、そのおいしさに打ちのめされたのです。
私は農家の生まれなので、もともと野菜の力・鮮度にはこだわっているつもりでした。都会で仕入れられるような野菜ではなく、地元の畑で採れた野菜を鮮度の高いうちに調理するのがいちばんだということも理解していました。でも、岩手の野菜は全然違った。
厳しい寒さもあり、当然、味も違います。しっかりとした野菜本来の味わい、苦みや多少のエグミも含めて、それまで食べてきた野菜とはもはや別物だと感じました。
地元の方に山菜採りに連れていっていただいたとき、いくら見回しても山菜なんてないので尋ねたら、すぐ足元に、見たこともない大きさのゼンマイが生えていた。どの山菜もデカいですよね。自分の中のイメージとあまりにも違いすぎて、目に入ってなかったわけです。
そんな素材を、一体どんなふうに調理すればよりおいしくなるのか。冬場は特に東京のように食材が豊富ではない中で、いかにして客を飽きさせないコースに仕上げるか(以前、白菜・大根だけでフルコースを作ったこともあります)。そういった探求の面白さにハマってしまって、すっかり岩手に居着いてしまいました。
誠実な岩手の人柄そのままの味
食材のほかにも岩手ならではの良さはたくさんありますが、食に携わっている人間として特に大切だと感じているのが、岩手の人は本当に真面目だという点です。これは地元の人たちも自覚していらっしゃるくらいだから、本当にそう。
そんな真面目さ・誠実さが味に表れているのが、てまひまオンラインで扱っている佐々長醸造さんの「老舗の味つゆ」。それこそ、「てまひま」を一切惜しまずに丁寧に作られていて、しかも、さっとかけるだけで何でもおいしくなってしまう、という夢のような逸品です。かつおだしの深い味わいと、岩手の人の真面目さを、ぜひご家庭で堪能してください。
ただし、「岩手が特別」と思っているわけではありません。全国どこにでも素晴らしい食材はいくらでもあります。私は「地産地消」という言葉が好きではないのですが、それは、地元のものを地元で食べるなんてことは普通の行為であって、地元で採れたもの・地元で丁寧に作られたものがいちばんおいしいと感じるのもまた、至極当然のことだと思うからです。
最近では、岩手県内だけでなくいろいろなところから商品開発の依頼を受けたり、地域活性化のアドバイスを求められたりもしますが、もっと地元食材に誇りをもって、(特にプロの料理人は)真剣に食材と向き合ってほしいですね。岩手は冬の寒さが厳しいので、私もいずれ温かい土地へ移って、またそこの食材を使った最高の料理を探求したいと思っています(笑)。
伊藤勝康
1963年、千葉県生まれ。料理上手だった祖父・父の影響で料理人を志し、高校卒業とともに東京エアポートレストラン株式会社に就職。95年、妻の出身地である岩手県にIターンし、「牛の博物館」併設レストランの料理長に就任。2000年には出張料理「ロレオール丘」を開業し、2010年、田野畑村に「ロレオール田野畑」をオープン。地元食材と地元の南部鉄器を使ったフランス料理で、ローカルガストロノミーの可能性を追求する。岩手県の食材・工芸品のPRを手がけるほか、商品開発や地域活性化など幅広く活躍。2017年、農林水産省の料理人顕彰制度「料理マスターズ」でシルバー賞を受賞。老舗の味つゆ(佐々長醸造)
写真提供/ロレオール田野畑 取材・構成/ドイエツコ