熊本食材への思いを、和と洋の調和に乗せて─「Restaurant TOYO Tokyo」大森雄哉シェフ【てまひまだよりVol. 9】

食を愛する人々に、料理や食材について熱く語っていただく「食通たちのてまひまだより」。今回は、東京・日比谷にある「Restaurant TOYO Tokyo」の大森雄哉シェフが登場。「食べ方で味を変える」と話す大森シェフが最もてまひまをかけていること、そして、地元への思いとは。

KENZO氏が愛した味を東京で

 2018年にオープンした東京ミッドタウン日比谷。その3階に入っている「Restaurant TOYO Tokyo」は、フランス・パリに本店を置く「Restaurant TOYO」の唯一の支店です。「TOYO」のオーナーシェフである中山豊光シェフは、フレンチと日本料理の両方で修業を積み、デザイナーの高田賢三氏にその味を認められて専属料理人も務めた人物。西洋と東洋を調和させた唯一無二のスタイルを追求し、2009年に「TOYO」をオープンしました。

 そんな「TOYO」が東京に支店を出すとなったとき、シェフとして白羽の矢を立てられたのが、僕、大森雄哉でした。正直なところ、最初は冗談かと思ったくらいだったのですが、おかげさまで多くの常連のお客様にも足を運んでいただけるまでになりました。

「TOYO Tokyo」の料理は当然、パリ本店の味を踏襲したものではありますが、そのまま再現しているかと言えば、実はそうでもありません。というのも、中山シェフ……こと豊さんは、自分のやり方を真似させようとはしないからです。僕が何かを提案すると、きまって「いいんじゃない」と言ってくれて、かなりの部分で自由度を与えてもらっています。

 時には「もう少し柑橘が強いといいね」といったアドバイスをくれますし、シェフとして対等な立場に見てもらえているようで、僕としては大変ありがたく、いろいろと挑戦させてもらっています。たまに、僕が東京店で始めたことを豊さんがパリ本店に採り入れてくれることもあり、そんなときは「ヨッシャ!」と心の中でガッツボーズを決めています。

「Restaurant TOYO Tokyo」の店内には、高田賢三氏の手による絵が数多く飾られている。

味付けはお客様を見て整える

 僕がシェフを務める「TOYO Tokyo」の特徴として、お客様によって味付けを微妙に変える、ということがあります。その方の年齢やお酒を飲んでいるかどうかといった違いに加えて、たとえば、料理を口に入れてすぐに飲み込む人には、早く味を感じてもらうために塩をほんの少し多く振るとか、反対に、口の中でゆっくりと味わう人ならソース1滴分を控えるといった具合です。

 僕にこのスタイルを叩き込んでくれたのは、「TOYO Tokyo」の前に働いていた地元・熊本の「洋食の店 橋本」という店です。全国的にも名の知られている老舗の洋食店ですが、ここにいた10年間で、僕の料理人としての精神を鍛えてもらったと言えます。

 実は、豊さんとの出会いもこの店でした。熊本出身の豊さんは帰郷した際によく「橋本」を訪れていて、今後の道を考えていたときに相談したところ、「『TOYO』の東京店をやらないか?」と誘っていただいたのです。

 もうひとつ、冷凍食材を(ほぼ)使わないのも、僕のこだわりです。野菜や魚介類などの食材は、毎朝、僕自身が市場に行って選んでいますし、その日に必要な量だけを買って、もしも余ったら賄いで食べる。ソースも作り置きはしません。やはり料理にとって食材は何よりも大切な要素ですから、そこに手間を惜しんだら、ものづくりの意味がないと思っています。

 毎日ゼロから仕込みをしなければいけないスタッフには恨まれているかもしれませんが、これが僕の「てまひま」と言えるでしょう。

阿蘇高菜を使った「Restaurant TOYO Tokyo」の料理。他にもさまざまな熊本食材が使われている。

僕が熊本食材を推す理由

「TOYO Tokyo」のシェフとして熊本から東京に出てきたときに強く感じたのが、熊本のことが全然知られていない!ということでした。

 それまでずっと熊本や近県で地元の食材を使って料理をしてきた僕は(「橋本」の前は長崎の「ハウステンボス」のメインダイニングにいました)、熊本の食材の素晴らしさを身にしみて感じていて、そのことはある程度、東京にも伝わっているものだと思っていたのですが……。少しでも多くの人に知ってほしくて、最近では熊本食材の発信も積極的に行っています。

 なかでも「阿蘇高菜」は、ぜひとも全国のみなさんに知っていただきたい熊本の伝統食材。春に収穫するときにはポキッと折れるくらい茎が太くなる高菜で、地元では家庭で育てた阿蘇高菜を使って、それぞれの家ごとにオリジナルの高菜漬けが作られています。熊本出身の僕にとっては、まさに郷土の味そのものです。

 阿蘇市にある菊池食品は、そんな阿蘇高菜漬けを伝統の製法で造っていますが、その門外不出の阿蘇高菜の種を使って作られた粒マスタードが、てまひまオンラインでも扱われている「阿蘇たかなマスタシード」。ピリッとした辛味の向こうに高菜の風味がしっかりと感じられて、手軽に阿蘇高菜の味をお試しいただけると思います。

「TOYO Tokyo」でも、阿蘇高菜のピューレを使ったり「阿蘇たかなマスタシード」をソースに入れたりして使っています。ご自宅で使うなら、市販のドレッシングやマヨネーズに加えるといつもと違った味を出せるでしょうし、チャーハンに入れてプチプチとした食感を楽しむのもいいかもしれません。ぜひ、熊本の味をお試しください。

大森雄哉
1983年、熊本県出身。自宅で料理教室をしていた母の影響で、物心ついたときから料理人の道を志す。高校卒業後、辻調理技術専門学校でフランス料理を学び、ハウステンボスホテルズに入社。2008年より熊本の「洋食の店 橋本」の厨房に立ち、客として来店していた中山豊光シェフと出会う。2018年3月、「Restaurant TOYO Tokyo」シェフに就任。
「阿蘇たかなマスタシード黒箱」(菊池食品)
大森シェフが愛して止まない熊本食材、「阿蘇高菜」の種を使った珍しい粒マスタード。門外不出として代々大切に受け継がれた、たかな漬け原料の阿蘇たかなの種を使い、自社農園で専用に栽培した花から種を収穫。寒い時期に育つため虫もつかずほぼ無農薬。プチプチ食感を残すため、あえて種をすり潰さない製法で塩とワインビネガーで漬け込んだシンプルかつ繊細な味です。

写真提供/Restaurant TOYO Tokyo 取材・構成/ドイエツコ