「てまひまオンライン」に並ぶ“おいしいもの”の生産者さんを訪ね、自然と向き合う姿勢や、ものづくりの哲学を訊く「食の匠のてまひまストーリー」。第11回は、日本一の梅の産地・和歌山県みなべ町で「梅農家が誇りを持てる梅干し」に情熱を捧げる、うめひかりさんを訪ねました。“令和の志士”こと山本将志郎さんの溢れる梅干し愛を、ぜひ動画でご覧ください。
甘くない梅干し。
目指すは「梅干し界の坂本龍馬」
南紀白浜空港から30分ほど車を走らせると、そこかしこに、ずらりと梅の木が立ち並ぶ光景が広がります。ここは、日本一の梅の生産地として知られる、和歌山県みなべ町。町の南側は太平洋に面しているものの、住民の大半が栽培や加工・販売など何らかの形で梅に携わっているという、まさに梅の町です。
この町を一躍有名にしたのが、高級梅の「南高梅」。地元の南部(みなべ)高校が品種選定などに尽力したことからその名が取られたと言われ、現在みなべ町で栽培されている梅は、ほぼすべてが南高梅だそうです(「なんこうばい」とも言われますが、正しくは「なんこううめ」とのこと)。
2018年、ここみなべ町の若手梅農家5軒が集まって、「梅ボーイズ」というブランドを立ち上げました。そのリーダーが今回の主人公、株式会社うめひかりCEOの山本将志郎さんです。ただし、山本さん自身は梅農家ではなく、他のメンバーが育てた梅を仕入れて、それを使った無添加の梅干しを作るのが役目。
みなべ町で5代続く梅農家に生まれた山本さん。県外の大学に進んで薬学を学んだ後は、大手企業への就職も内定していました。それを蹴ってまで、地元に戻って梅干し屋を始めることを決意した背景には、実家の梅農園を継いだ兄・秀平さんの言葉があったと言います。
実は、梅農家というのは梅の栽培から塩漬けまでを行うのが仕事で、出荷してしまったあとは、自分たちの梅がどのような商品に加工されているのかを知る術がないのだそうです。しかも、いま巷で売られている梅干しは、どれも甘い調味液で味付けされていて、同じような味のものばかり。
「(梅農家としての)やりがいがない」──そんな兄の思いを聞きながら、山本さん自身もまた、自分たちが子どもの頃から親しんできた、しょっぱくて酸っぱい梅干しに出会えなくなっていることに思いを馳せていました。「だったら、僕が作ろう!」。こうして、うめひかりが誕生したのです。
山本さんが目指したのは、甘くない梅干し。昔ながらの梅・塩・紫蘇だけを使って、どうすれば梅本来の味を感じられる、おいしい梅干しになるのか。かつて大学でがんの新薬研究にあたっていた頃さながらに、さまざまな実験をしてはデータを取り、味を比べて、試行錯誤を重ねました。
そうして、塩漬けした後の梅を最低半年以上寝かせることで、より梅の旨みが引き出されることを発見。兄も納得の梅干しが完成しました。その後、地元で同じように梅栽培に励む若い農家たちとタッグを組み、彼らの梅で作った梅干しを「梅ボーイズ」の名で販売。全国行脚にも出かけました。
原材料や製造方法、味へのこだわりはもちろんのこと、兄をはじめ仲間の梅農家の思いを確実に消費者に届けるために、山本さんは、生産者の情報をきちんと商品に残したいと考えています。それは、口で言うほど簡単なことではありませんが、それこそが山本さんの「てまひま」なのです。
ゆくゆくは「梅干し界の坂本龍馬」と言われるようになりたい、と語る山本さん。最近、妹の実夢(みゆ)さんも仲間に加わりました。兄妹の絆でつながれていく梅干しは、食べ慣れない者にはうんとしょっぱいけれど、それこそが梅を愛し、梅に情熱を捧げる人々の思いがつまった味なのです。
●うめひかり https://umenokuni.com/
動画・写真/細沼孝之(kotofilm) 録音/林 健太 文/ドイエツコ