てまひまストーリー VOL.4/井上味噌醤油(徳島県)

「てまひまオンライン」に並ぶ“おいしいもの”の生産者さんを訪ね、自然と向き合う姿勢や、ものづくりの哲学を訊く「食の匠のてまひまストーリー」。第4回目は、徳島県鳴門市で味噌醸造・販売を行う「井上味噌醤油」の思いをお伝えします。

 

味噌はすべてを教えてくれるお師匠さん。
勉強させてもらいながら造り続けています。 

 

寒さ厳しい2月の終わり、味噌づくりの最盛期に井上味噌醤油を訪ねました。今回お話をうかがったのは、渦潮で知られる徳島県鳴門市で約150年続く井上味噌醤油の当主・井上雅史さんです。

「かつて都へ行き来する土佐藩士たちの拠点でもあった、四国の玄関口に、井上味噌醤油は明治8年に創業しました。私で7代目になります」

鳴門は、ワカメやサツマイモなど全国的に有名な特産物も多く、自然に恵まれた土地。蔵を出て少し歩くと、鳴門海峡とその先には淡路島を臨むことができます。昔は蔵近くにも塩田があり、塩をとることができたそう。「塩の入手が簡単な土地柄か、甘味をありがたがるところがあります。お赤飯にごま砂糖をかけて食べたりするんです」と井上さん。

井上さんが蔵に入ったのは、大学を卒業した23歳の頃。モンゴルへの留学が井上さんの背中を押すことになりました。「留学生同士でよく持ち寄りパーティをしていたのですが、その時に実家から送ってもらった味噌で、味噌汁を振る舞ったんです。すると、いちばんに味噌汁が売り切れた。味噌汁は外国の人にもおいしく感じられるんだ!と衝撃を受けました」


左:蔵からすぐの場所にある岡崎渡船乗り場。今も地域住民の足として活躍しています。右:贈答用の箱には、大豆、米そして裏面には波しぶきが描かれています。

 

木樽、もろぶた……道具は答えを知っている。

 

蔵に入ってまず驚くのが、ずらりと並んだ木樽です。木樽で天然醸造を行う蔵はとても少なくなっているそう。

「古いものだと、創業当時から150年近く使っているものもあります。経年劣化も当然あるので、新しい樽を入れたいと思っていたのですが、木樽を作れる職人さんがなかなか見つかりませんでした。全国を探しているうち、徳島県の阿南市に若い職人がいることがわかって。まさに灯台下暗し(笑)。出会ってすぐに『5年待つから味噌用の仕込み樽をつくってほしい』とお願いしたんです」

木樽で醸造した味噌は、ほかの容器で醸造した味噌と比べてまろやかになると言われます。2018年には井上さんと徳島県立工業技術センターとで共同研究を行い、木樽で醸造した味噌は「有機酸総量、遊離アミノ酸総量が多い」という結果が出たそう。つまり、風味豊かにうまみが増すということ。理論上も木樽醸造のおいしさが証明されたのです。

糀をつくる「もろぶた」という道具も蔵の味を醸す上で欠かせないものです。「約40時間、麹菌の生育を手助けしてくれるもろぶたも戦前から使い続けています。使い込んだ道具を使うことで、麹菌がストレスなく元気に育つ環境を整えています」 

昔から使い続けている道具に教えられることが多いと井上さんは言います。

「先人たちが知恵を出して作られた道具には、さまざまなメッセージが込められていると感じます。蔵に入った頃は、それにまったく気がつかなかったけれど、経験を積んでくると道具に込められた意図に気づくようになって。道具環境を整えるのは年々難しくなっていますが、次の世代に味を伝えていくには、うちだけでは成り立ちません。職人さんの協力を得ながら、伝統を守っていきたいと思っています」

左上:創業当時より約150年使われている木樽。手前から2番目は、200年に向けて輪替えを行ったばかりの木樽。右上:戦前から使われているもろぶた。白く見えるのは、麹菌。蔵の歴史を物語ります。左下:糀作業。湿度・温度を確認しながら、蔵人たちと手早く作業を行います。右下:約40時間かけて作られる糀。均等に麹菌が育つように、何度も丁寧に手入れをします。

 

最高の原材料でつくる日本の味。

 

井上味噌醤油で造る味噌は、「白味噌」「常盤味噌」「御膳味噌」「御膳ねさし」の4つ。この順番で色味が徐々に濃くなると同時に、米糀が醸す甘みからコクを感じられる味わいへと変化していきます。それぞれ100%国産の「米」「大豆」「塩」を使用し、創業当初から変わることなく全工程が手作業で造られるため、大量生産することはできません。

だからこそ、一つひとつの仕事が大事になってくると言います。「天然醸造なので、素材の状態や天候に常に左右されます。こちらの読み通りにいくこともあれば、言うことを聞いてもらえないこともあります。声なき声を聞きながら、いつも作業しています」

てまひまオンラインでご紹介している、「常盤味噌(トキワミソ)」についても教えていただきました。

「常盤味噌は、私たちが今できる力をすべて投入した味噌です。他の味噌とは使う道具も違いますし、原料も西日本の一級原料で仕込みます。良質で上品な旨味は、生味噌ならでは。生の風味を味わっていただきたいので、まずは火を入れずに味わっていただきたいです」

常盤味噌というネーミングについてうかがうと、「永遠に、常に、盤石に。時代に左右されないものを作ろうという思いから名付けられました。その名に恥じない味になっていると思いますし、そうであり続けたいですね」と井上さん。食卓になくてはならない味であるために、井上さんの挑戦は続きます。

左上:いりこ(煮干し)の酢味噌和え。夏バテで食欲がないときに食べてほしいと井上さん。栄養満点で、ご飯もお酒も進む味付けです。右上:手前から「白味噌」「常盤味噌」「御膳味噌」「御膳ねさし」を乗っけたおむすび。生味噌の味わいをダイレクトに感じられます。左下:看板商品の常盤味噌。滑らかで上品な味わいが特徴です。右下:パリのサロンでは、消費者と生産者が対等に商品について語り合う姿に感銘を受けたそう。

 

日本の食卓から世界の調味料へ。

 

モンゴル留学の経験から、常に世界は身近にあったと井上さんは語ります。 

「発酵食文化の盛んなフランスでチャレンジしてみたいという思いは以前からありました。そこで、フランスの展示会に出品した時に、ロマネ・コンティの販売を手掛ける方と話す機会があり、そこで言われたことが忘れられません。味噌をひと口食べて『君、いい仕事しているね』と。造り出すものは違えども、発酵の世界を理解し、真っ当な仕事をしているものはいい味が出るのだと言ってもらえたんです。これには勇気をもらえました」

日本の味を世界へと発信したいと意気込む井上さん。最後に、うかがいました。井上さんにとって、味噌とはどんな存在ですか?

「僕にとっては、お師匠さんなんです。自然相手の仕事ですから、下手な駆け引きは通用しません。なるようにしかならないとも言えるのですが、仕事が悪いとそれなりのものしかできない。静かな蔵の中で昔ながらの手作業をしていると、先代や道具が導いてくれていると感じることがあります。しかし先人たちの知恵を吸収するのには時間がかかる。今でもまだまだと思うくらい、難しい世界です。考え方の軸は変えませんが、いい意味での進化を続けていきたいですね」

 

●井上味噌醤油 https://tokiwamiso.com

動画・写真/細沼孝之(kotofilm) 音声/林 健太 写真・文/よしのえり