てまひまストーリー VOL.5/阪東食品(徳島県)

「てまひまオンライン」に並ぶ“おいしいもの”の生産者さんを訪ね、自然と向き合う姿勢や、ものづくりの哲学を訊く「食の匠のてまひまストーリー」。第5回目は、徳島県上勝町でゆず生産・加工を行う「阪東食品」の思いをお伝えします。

 

ゆずは、世界で共に闘うための
武器でもあります。

 

徳島市内から車を走らせること約1時間半。徳島県中部に位置する山間のまち、上勝町へと向かったのは、スギ花粉が豪快に舞う2月下旬でした。美しい山並みを白く覆い尽くすほどのスギ花粉に慄きつつ、山の中に深く入り込んだのだと実感させられます。今回お話を伺ったのは、この地でゆず・ゆこう・すだちの生産と加工を行っている阪東高英さんです。

「上勝は朝夕の寒暖差が大きく、全国的にも雨の多い地域。柑橘類の香りや風味が育ちやすい環境です」

“葉っぱビジネス”で一躍注目を浴びた上勝町ですが、それよりも前から柑橘類の栽培が盛んな地域でした。エリアによって得意な品種はあるものの、阪東さんの農園では、ちょうどその中間地点に位置することから、ゆず・ゆこう・すだちの3種類をお父様の代から栽培しています。

標高300400メートルの南向きの斜面に広がる農園は、棚田だった場所を柑橘栽培の畑に変えたこともあり、急峻そのもの。収穫期のご苦労が手にとるように感じられます。


左:上勝町の美しい段々畑をどんどん上に行った先に、阪東さんの農園はあります。右:急な斜面では収穫作業もひと苦労。

 

身体にやさしいものを作るため、有機JAS認定の畑を目指す。

 

阪東食品の農園にとって大きな転換点となったのが、2003年。有機JAS認定の畑として、生まれ変わった年でした。

「身体にやさしいものを作ってほしいという消費者の声や、ほかの人と同じことをやりたくないという父の性格もあって、有機の畑をやろうということになりました。当初、私は書類関係の仕事を任されていましたが、取り組み始めて3年の歳月をかけて、ようやく認証を取ることができたのです。本当に大変でした(笑)」

有機の畑づくりは「てまひま」の宝庫。春から夏にかけては草刈りに追われ、夏から秋にかけての手作業による収穫、そして加工まで行う阪東さんの農園では、搾汁後にもこんな苦労があるそうです。

「収穫した後、機械で洗浄し、1個1個、腐っていないかなど手作業で選別。その後、果汁をしぼり、濾過して、タンクに入れます。果汁をしぼり終えたら、機械を3〜4時間かけて熱湯洗浄をします。有機JAS認定の工場では、洗剤を使うことができないからです」

こうして作られた果汁は、阪東さんの懸命な販路開拓により、現在では約20か国以上に輸出されています。そんななか、海外での展示会や商談での経験から、阪東さんはゆずを使った新しい調味料の可能性を探っていました。

「海外で人気の日本の味は、『ゆず・わさび・抹茶』なんです。だから、ゆずの可能性は大きいと感じていました。そこで、一般消費者向けに、ゆずを使った調味料を作れないかと考えたのです」

その思いを伝えたのが、以前から付き合いのあった徳島県鳴門市で果物生産・加工販売を行う川添フルーツの川添雄大さん。「川添さんはもともとシェフだったので、ゆずの良さを引き出してくれるはずと思って」

一方、ひそかに「調味料作りをしたい」という思いを持っていた川添さん。こうして、阪東食品と川添フルーツによる二人三脚での新しい調味料作りが始まりました。


左上:足を踏み入れた途端、果汁の香りがふわっと漂う阪東食品の搾汁工場。右上:ゆずは、黄緑色が少し残るくらいの頃が収穫のタイミング。左下:タバスコ唐辛子の栽培は、1年交代で阪東さんと川添さん(写真)それぞれが担当。右下:熱い思いでつながった阪東さんと川添さん(左)。 

 

ゆずを使った新しい調味料を、「オール徳島」でつくる。

 

構想を練りながら生まれたコンセプトは、「オール徳島」。原材料の生産から製造・加工、デザインまですべてを地元徳島で行い、世界へと発信していこうというものでした。「徳島は原材料が豊富な地です。それに我々は、生産者でもある。その強みを生かして、他所ではできないことをやろうと思ったのです」

味わいも、海外の消費者を見据え、辛みを強調したものでなく、ゆずの風味を感じられるものにしようと、方向性が決まっていきました。原材料であるタバスコ唐辛子も自分たちで苗から育てるところから始め、それと有機ゆず皮をペースト状にしてゆず胡椒を作り、阪東さんのゆず果汁と川添さんの柿酢を加えていくそう。

「僕たちが特に重要視したのは『旨み』です。辛さを追求すると、ほかの商品と同じ土俵に立つことになってしまうと感じました。口にしたときにゆずや柿酢が生み出す深い旨味を感じてほしい、辛さはプラスアルファであるという新しいカテゴリーの調味料であることを印象付けたかった。『バカスコ』というカテゴリーを作ったと自負しています」

タバスコならぬバカスコ(BAKASCO)。キャッチーかつ覚えやすいと、オンライン商談をした海外のバイヤーからも好評なんだとか。「味の印象も大事だけど、海外の人にとって発音しやすいというのもよかったみたいです。それに、バカにもちゃんと意味があるんですよ。阪東のBAと川添のKAで、BAKA。クレイジーなだけではないんです(笑)」

今では関連商品として、Tシャツや携帯用のバカスコ入れ(アウトドアで活躍しそう)、エコバックなど、バカスコグッズにも力を入れているそう。「一人ではこのような広がりが生まれなかった。チームバカスコとなって、お互いの強みを生かして、商品を盛り上げようと奮闘中です」


左上:サーモンのカルパッチョにバカスコをふりかけると、サーモンの脂と混ざり合って旨みと爽やかさが際立ちます。右上:レモンを搾る感覚で、鶏のから揚げにもバカスコをひとふり。左下:好評のバカスコグッズ。左が通称「バカバック」、右はストラップをつけると首から下げられるようになる「バカスコ入れ」。右下:意外と難しいラベル貼り。こうした作業も阪東さんと川添さんで分担して行っているそうです。

 

いつか、家庭の定番調味料になってほしい。

 

徳島県の人たちは、あらゆる料理にすだちをかけて食べる習慣があるそうです。バカスコの目指すところは、まさにそれ。

「お刺身、イタリアン、ラーメン、和食……何にでもかけてほしいです。バカスコをかけると旨みが増し、味に深みが出る。ぜひそれを皆さんにも体感してもらえたら」と語る阪東さん。川添さんも「あるお客さまに聞いた話ですが、そのお宅ではお子さんがご飯にふりかけて食べているそうです。食が進む味になるそうです」と話してくれました。

まさに壮大な野望の入り口に立ち、その先を見据える阪東さん。そんな阪東さんにとって「ゆず」とはどんな存在でしょう。

「私にとって、ゆずは、世界で共に闘う武器です。また、海外に行くきっかけを与えてくれた果実でもあります。私一人で育てている感覚はまったくなく、さまざまな人に協力を得ながら作っているものなので、その人たちの思いも一緒に、世界へと打って出たいと思っています」

●阪東食品 http://bando-farm.com/

動画・写真/細沼孝之(kotofilm) 音声/林 健太 写真・文/よしのえり