てまひまストーリー Vol.2/カネロク松本園(静岡県)

「てまひまオンライン」に並ぶ“おいしいもの”の生産者さんを訪ね、自然と向き合う姿勢や、ものづくりの哲学を訊く「食の匠のてまひまストーリー」。第2回目は、静岡県島田市でお茶園を営む「カネロク松本園」の思いをお伝えします。


国境を越えて“ご縁”をつないでくれる、
お茶は人と人との架け橋です。 


カネロク松本園を訪ねたのは、9月の初め。「いまは二番茶を摘み終わって、お茶の樹が栄養を蓄えている時季です」と語るのは、同園の三代目、松本浩毅さんです。

「明治時代に先祖がこの地を開墾して、お茶の生産を始めました。茶畑はいまは全部で7ヘクタールほどになります。一番茶は年に約7トンを収穫しています」 と松本さん。

ここ、牧之原台地は日本でも有数のお茶の産地。静岡県の大井川流域では、良質な土をつくるため茶園にススキや笹などを敷く「茶草場(ちゃぐさば)農法」というやり方が継承されてきました。茶草場と呼ばれる草刈り場において、ススキや笹を刈り、それらを乾燥させ、チップ状に粉砕し、茶畑に敷き込んで肥料とするやり方です。この農法が在来植物や昆虫の多様性を守っているという点が評価され、FAO(国際連合食糧農業機関)によって2013年に「世界農業遺産」に登録されています。 

「畑に敷き込んだ茶草は土壌の保温や保湿に寄与する上に、有機物として土壌に混ぜ込まれることによって土の物理性が改善され、微生物によって分解された後は茶の樹の栄養分となります。この農法のいいところは、お茶の品質がよくなることはもちろん、畑の周囲の草を適度に管理することで環境の多様性を守ることにつながる点ですね」

人が関与しなければ環境が保全されるわけではなく、きちんと考えたうえで人の手が入ることが結果的に多様性を守り、すこやかな土地を育むことにつながるのです。

 
左:カネロク松本園の茶畑。伝統の茶草場農法を守る畑から、おいしく安全なお茶はつくられます。右:こちらは、日本で最も多く栽培されている「やぶきた」という品種。

世界に一つしかないものが作りたくて、「燻製茶」を始めました。 

このような自然環境の持続可能性に配慮した農法は、いま世界的にも消費者から熱い視線が注がれています。松本さんはこう語ります。

「特に海外のお客様は、オーガニックや環境保全型農業という点に敏感ですね。でも、別に時流にのったわけじゃない。昔からやっていた農法に則って、もっとおいしいお茶をつくるためにどうしたらいいか、考えた結果がサステナビリティにつながっていたんです。以前もこれからも、もっともっとおいしいお茶、唯一無二のお茶をどうやったらつくれるか、ずっと考えています」 

松本さんは、チャレンジの人。「おいしさ」にはいろいろな形があり、「お茶」の概念もひとつではないはずだと考えているそうです。

「確かに牧之原は、日本茶の名産地。でも、画一的なお茶をつくる必要はないはず。そう思って、2010年ごろから紅茶や烏龍茶の生産を始めました。そのうち、もっといいもの、世界にひとつしかないものを作りたくなって、『燻製茶』を作り始めたんです」

ヒントのひとつは、海外にあったのだとか。もともと海外には燻製の紅茶があり、パリには紅茶のファンもたくさん。加えて、日本の農作物へのリスペクトをもつ人々がいます。

「日本発の燻製茶は海外でも受け入れられるのではないかと思って、お茶のサンプルを携え、自分自身でプロモーションの旅に出ました。パリで特に人気だったのは、桜のチップを使って燻製した紅茶と、屋久杉のチップを使って燻製した焙じ茶です」

燻製茶はいつしか種類が増え、リンゴやカカオのチップを使った紅茶や、ウイスキー樽のチップを使った焙じ茶など、ユニークなラインナップとなっています。そのひとつ、「燻製紅茶 桜」は優しい香りの中に燻製ならではのスモーキーさがたちのぼり、まるで桜餅を食べたかのような後味もあります。

 
左:松本さんが2019年にパリで行われた日本の食の販路開拓事業に参加した時の模様。舌の肥えたパリの人々にも、燻製茶は好評を博しました。右:燻製茶は、フォーマルなディナーの場にもお酒の場にも合うもの。この味に惚れ込んだバーなどでは、そのままで、またカクテルにアレンジされて提供されています。

何をチップに使うかで、香りも味わいも変わります。

 紅茶づくりで大切なのは、「萎凋(いちょう)」と呼ばれる工程です。生葉の水分を飛ばす作業で、これが甘いと味が悪く、香りも出なくなってしまいます。また、「揉捻(じゅうねん)」から発酵にかけての工程も大事。茶葉を揉むことで、よじれを与えて細胞組織を壊し、酵素を空気に触れさせることで酸化発酵を促す工程です。

「揉捻は、かける時間と圧の強さの見極めが大事です。酸化発酵によって紅茶の色、味、香り、コクといった個性が決まるので、とても重要な工程です」 

燻製茶においては、どんな木を燻製チップとして使うかによって、香りも味わいも千差万別になります。

「黒松はちょっとクセがありますね。ウイスキー樽材は、秩父にある世界的にも人気の蒸留所の樽を使っていて、けっこうお酒っぽい香りで男性にも人気です。桜や楓、林檎などは軽く甘いニュアンスで、女性に人気があります。燻製による香りの印象が強いお茶ですが、紅茶自体の味と香りがやはり大切で、より深みのある味の紅茶を目指しています。燻製茶は肉料理やチーズ、ナッツによく合うんですが、カボチャの煮つけなんかにも合いますよ、意外かもしれませんが」


左:茶葉を燻製しているところ。香りのつき具合を左右する大事な工程のひとつです。右:「燻製茶 桜」。アイスティーにするなら、1ℓの水に茶葉15gを入れて2~3時間、水出しにするといいそうです。香りはやや弱まりますが、まろやかな味わいが楽しめます。 


まだまだこれから、だから面白い和紅茶の世界。

お茶づくりで、難しいのはどんな点でしょうか。

「そりゃもう、全部です(笑)。だから、チャレンジする。その過程で、いろいろな人に会って、ヒントを得て、また試して、できたものを味わってもらって、また意見をいただく。その繰り返しで、少しずつ理想の味に近づいていく気がします。紅茶といえばインド、スリランカの名前が挙がって、たいていの人はアッサムやダージリンといえばこんな味の紅茶だ、ってわかりますよね。でも、和紅茶の知名度はまだまだ。だからこそ、チャレンジしがいがありますね」 

理想を目指して静かに燃える、松本さん。最後に、伺いました。松本さんにとって、お茶とはどんな存在ですか?

「お茶は消耗品ではなく嗜好品です。楽しみ方を広げれば、お茶にハマる人も増えていく。常に新しいチャレンジをして、より良い作品を目指すことで、人とつながれる。それが幸せです。静岡の田舎で自分の作ったものが、国境を越えたご縁をつないでくれることもうれしい。私にとって、お茶とは、人と人とをつないでくれる架け橋です」 

●カネロク松本園 http://kaneroku-matsumotoen.com

写真提供(バー、工程)/カネロク松本園 動画/細沼孝之 録音/伊豆田廉明 編集助手/佐伯洋志 写真・文/てまひまオンライン