和食遺産VOL.15/ねぎま鍋(東京都)

各地の気候風土とそこで穫れる食材とを礎に育まれてきた日本の郷土料理。連載「未来に伝えたい、ニッポン和食遺産」では、先人たちの知恵と想いが込められた47都道府県の逸品を「ニッポン和食遺産」と名付け、人気の郷土料理店のレシピとともにご紹介します。連載第15回目は東京都の「ねぎま鍋」です。

江戸時代に庶民の間で食べられた「ねぎま鍋」は、現在でも江戸料理を代表する味のひとつとして親しまれる存在です。その昔、冷蔵技術が発達していなかった頃、鮪の赤身は醤油漬けにして保存されていました。一方で脂が多いトロの部位は、醤油をはじいてしまうため、保存に適さず捨てられたといいます。そこでトロをなんとか捨てずに料理に使えないかと考案されたのが「ねぎま鍋」でした。ネギと一緒にお鍋で煮たところ、トロの脂がお出汁に溶けて、その旨味がネギによく絡み……。口に含むとふくよかな甘みが広がり、美味そのもの! まさに先人の知恵によって誕生した料理だったのです。

おいしい「ねぎま鍋」を作るための秘訣は3つ。使用する鮪についてはトロが好ましいですが、筋が多い尾の周りの身でもおいしくいただけます。それもそのはず、筋は熱を加えることでゼラチン質に変わって甘みが増すのだそう。逆に赤身だとパサパサになってしまうので要注意。出汁に関しては、鮪の旨味と喧嘩しないように、精進料理のベースで用意します。江戸料理なので色の濃い出汁ですが、見た目ほど塩分濃度は高くありません。最後に火入れについてですが、鮪にしっかり火が通るまで煮てください。そうして旨味が野菜に浸透すれば、滋味深い「ねぎま鍋」の完成です。お酒を合わせるなら、賀茂鶴の“白壁の郷”のような芳醇な飲み口の日本酒がおすすめだそう。自宅でも簡単に楽しめるので、江戸っ子の伝統の味をぜひレパートリーに取り入れてみて下さい。

材料(2人分)

干し椎茸適量 昆布適量 水1ℓ みりん100㏄ 濃口醤油100㏄ 砂糖10g 鮪(トロまたは筋のある部位)200g ネギ(できるだけ太いもの)2本 白菜適量 小松菜適量 椎茸適量 えのき茸1/2パック 豆腐1/2丁  

作り方
①鍋に干し椎茸、昆布、水を入れて中火にかけ、沸騰したら冷ましてこします。
②❶の出汁に、みりん、濃口醤油、砂糖を加えます。
③鮪は筋目に対して直角に包丁を入れ、3㎝角ほどに切ります。
④ネギは細かく包丁で切り込みを入れたうえで、ぶつ切りにします。
⑤白菜と小松菜はざく切りに、椎茸、えのき茸、豆腐は食べやすい大きさに切って準備しておきます。
⑥❷の出汁を中火で加熱し、鍋の具材をすべて入れます。
⑦鮪にしっかり火が通って、野菜もしんなりとしたら完成です。お好みで刻みワサビや柚子胡椒を加えてお召し上がりください。

教えてくれたのは…

浅草 酒膳 一文

江戸の情緒をいまに伝える、築70年以上の隠れ家的和食店。希少なかまとろを使う看板料理の江戸ねぎま鍋は、鮪の種類や産地によって3ランクを用意。いずれも江戸野菜の千寿ねぎと一緒にいただけますが、季節によっては、下山千歳白菜、亀戸大根、後関晩生小松菜といった江戸東京野菜を加えることも。自慢のねぎま鍋は、お取り寄せも可(冷蔵2人前~)。※緊急事態宣言に伴い、2021年6月20日まで臨時休業中(お取り寄せの配送は受付可)

●東京都台東区浅草3-12-6 TEL:03-3875-6800  www.asakusa-ichimon.com

東京都の食データ総面積のうち耕地面積は3.5%と、実は農地が多く残っている東京都。都内の各地域で栽培されてきた伝統野菜の“江戸東京野菜”には、後関晩生小松菜、練馬大根、シントリ菜、寺島ナス、品川カブ、長ネギ、馬込三寸人参、谷中生姜、滝野川ゴボウなど約50品目の野菜が指定されています。それぞれに歴史があり、味や形が個性豊かですが、いずれも収穫量が少なく貴重な存在です。果物では稲城の梨が有名。江戸時代から伝わる郷土料理には、柳川鍋、福神漬、深川丼が全国的に知られています。


取材・文/有元えり 写真提供/浅草 酒膳 一文