日々、口にしている食材にまつわる「おいしい話」「耳よりな話」を目ききに教わる「食の目ききの知恵袋」。今回は、業務用のお肉を扱う卸業者の社長さんに、意外と知られていない食肉流通のお話や、熟練バイヤーならではの目ききポイントを教えていただきました。
業務用の総合食肉卸会社「前田商店」代表取締役。当初は工学設計の道に進むも、長年バイヤーとして活躍していた父の後を追って食肉卸の世界へ。大手の仲卸業者で経験を積んで、知識だけでなく食肉加工の技術も身につけ、父とともに独立。ジャンルを問わず、どんな飲食店とも二人三脚で肉と向き合う姿勢で厚い信頼を得る。 https://www.maeda-shouten.co.jp/
コロナ禍での自粛生活が続いていますが、みなさん、ご家庭ではどんな食事をしていらっしゃるでしょうか? なかなか外食ができないことで、家での料理にちょっと奮発した食材を使ったり、これまであまり家で食べなかった料理に挑戦したり……という方が増えているようです。
スーパーなどでの需要が特に増えているのが、肉。焼き肉やすき焼き、ローストビーフなど、ふだんなら飲食店で食べることが多い料理でも、実は意外と家庭でも簡単に作れてしまうのが、食材としての肉の良いところです。各自が自宅で焼き肉をしながらのオンライン飲み会(オンライン焼き肉パーティー)、なんて楽しみ方をしている人もいるとか。コロナのおかげで、これまでよりも肉が身近になっているのかもしれません。
意外と知らない食肉流通の世界
そうは言っても、もともと日本人は歴史的にあまり肉を食べていなかったせいなのか、いまでも肉という食材は、野菜や魚とは少し違った立ち位置にいるような気がしています。なかでも牛肉は、ふつうにスーパーに売られているにもかかわらず、ちょっと特別な存在です。
そういう特別感が、「A5ランク」の肉が話題になったり、ここ最近の「熟成肉」をはじめとする高級和牛ブームが起きたりすることの背景にあるのかもしれません。肉に強い愛着やこだわりを持つ人もたくさんいて(意外と飲食店関係者ではなく、一般の方だったりするのですが)、私たち食肉を扱うプロも、そういう方のSNSを情報源として活用させてもらったりもしています。
ただ、そんなふうに肉の話題はいつも巷にあふれている一方で、どうやって肉が飲食店やスーパーまで届けられているか、ということについては、意外と知られていないようにも思います。その証拠に、新しく取引をすることになった飲食店の人から、「お休みは水曜と土曜ですか?」と聞かれることが多いのです。
水曜と土曜というのは、豊洲市場のお休み。「日本の台所」と呼ばれるくらいですから、すべての食材がここを通しているように思っている方も多いかもしれませんが、豊洲が扱うのは魚(水産物)と野菜(青果物)で、肉は、豊洲から少し離れた芝浦に専用の市場があります。
この芝浦市場(正式には「食肉市場」と言います)は、都内に11ある中央卸売市場の中で唯一、食肉を取り扱っている市場です。もちろん、全国各地にも食肉市場はありますが、取引量だけでなく設備の面から見ても、芝浦は「日本一の食肉市場」と言っていいでしょう。ちなみに、お休みは土曜・日曜です。
ホホ肉も牛タンも、実は「内臓」
芝浦市場には、肉を取引する場だけでなく、牛や豚を解体して精肉にする「と場」も併設されています。つまり、ここに運ばれてくる牛や豚は、基本的に生体。そのため、まずは「と場」で枝肉と内臓肉に分けられることから始まります。
「枝肉」というのは、血液や皮、頭部、内臓などを除去して、背骨のところから2分割にしたもの。天井から吊されている様子を映像などで見たことがあるのではないでしょうか。あれが枝肉です。一方、焼き肉でも人気の「内臓肉」は、枝肉以外の部分のことを言います。したがって、「ホルモン」や「モツ」と呼ばれる部分以外にも、フランス料理でよく使われる「牛のホホ肉」や、仙台名物「牛タン」も、食肉の分類としては内臓肉になります。
市場でセリが行われるのは枝肉のみ。内臓肉は、その日に解体された分をまとめて一定量ずつが、内臓肉を取り扱う業者に配分されます。そこで処理・加工されたものを私たち卸業者が買い付ける、というわけです。たまに、「◎◎牛の内臓がほしい」という注文をいただくことがあるのですが、もともと内臓肉はそういう分類をされていないので、事前にリクエストしておかないと、なかなか手に入れることはできません。
枝肉のほうは、仲卸業者がセリで落とした後、処理・加工して、市場内の冷蔵庫で保管します。そして私たち卸業者が、その冷蔵庫の中で目ききして買い付けるのです。この時点では部位ごとの大きな塊になっているので、私たちが自社で、取引先それぞれの要望に応じたサイズ・数量に細かく加工してから、お届けすることになります。
もちろん、なかには骨付きの状態や、ある程度の大きさの塊でお届けして、飲食店のほうでカットやスライスをしているところもありますが、最近では肉を加工する技術があまり浸透しておらず、私たちのような卸業者のところでカットやスライスまでをしてからご提供することが多くなっています。
肉にも「むくみ」は大敵
私の会社ではあらゆるジャンルの飲食店と取引しているため、カットやスライスで仕上げる形・サイズも千差万別。時には、「3ミリのスライスだとちょっと厚かったので、次からは2.8ミリにしてください」なんていう要望が来ることも。もちろん、会社としてはそれにお応えして0.1ミリ単位で調整するわけですが(機械の設定で可能です)、それによってどれくらい料理に違いが出るものなのか、正直なところ、私にはわかりません。
そもそも肉というのはあまり差がなく、バラとヒレくらい違っていれば話は別ですが、例えば牛モモの中の「ランプ」と「イチボ」の違いなんていうのは、一般的にはあまりわからないのではないかな、と思ったりもします。ただ、差がほとんどないからこそ、自店の特徴を際立たせて、他店との差別化を図るためにも、細かい部分へのこだわりを見せるのが飲食店の努力なのでしょう。
そんな飲食店のために私たちが肉を選ぶときにいちばん注意するのは、「水っぽい肉」を選ばないこと。これは、みなさんがスーパーなどで選ぶときにもぜひ気をつけていただきたい点ですが、肉から水分が出て来て、下に水分が溜まっていたり、敷いてあるシートが赤く染まったりしているようなものは、旨みのもとになるタンパク質も一緒に流れ出てしまっているので、避けたほうがいいです。
肉の水っぽさは、どうやら個体差によるところが大きいらしいのですが、特に夏場は、暑くて牛や豚が水をたくさん飲んでしまった結果、肉が水っぽくなる、つまり、人間でいうと「むくんでいる」ような状態になることもあるようです。夏に肉を選ぶときは、そんなことをちょっと思い出してみてください。
コロナ禍で飲食店には厳しい状況が続いていますが、そんな中でも新しく店を始める人はたくさんいて、私の会社にも新規の問い合わせが頻繁に来るようになりました。「おうち焼き肉」もぜひ引き続き楽しんでいただきたいですが、たまにはテイクアウトやデリバリーなどで、飲食店ならではのスゴイこだわりがつまったお肉も味わってもらえればと思います。
文・構成/ドイエツコ