おいしい本 Vol.9/マーシャ・メヘラーン 著『柘榴のスープ』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。9回目に取り上げるのはマーシャ・メヘーランによる『柘榴のスープ』。

忘れられない
故郷の料理は、

再生と希望の味。


柘榴(ざくろ)のスープ』 マーシャ・メヘラーン 著 渡辺佐智江 訳 白水社 刊

「イラン料理は煮込みが多くて日本人の口に合うのよ。高齢の両親と旅行した時、食事が合うからとても楽しめたわ」。某航空会社の女性との会話が忘れられず、イラン料理のことがずっと気になっていたところにこの本を見つけました。

著者マーシャ・メヘラーンはテヘラン生まれ。デビュー作となる本書は、1970年代の終わり、イラン・イスラーム革命のさなかに、両親を亡くした三姉妹がイギリスへ渡り、アイルランドへとたどり着き、ペルシャ料理店「バビロン・カフェ」を開く物語です。末っ子レイラーはエキゾティックな顔立ちとすらりとした身体が異国の異性たちを引き付け、元看護士の真ん中の妹バハールは祖国で受けた心の傷に悩まされています。そして、二人を力強く支えるのが料理人の長女マルジャーン。彼女の料理を一口含めば、ほとんどの人たちが夢を見るようになるだけでなく、夢を実現することを考えるようになるのだそうです。その証に、「バビロン・カフェ」最初の客となったマホニー神父は、マルジャーンの手料理を食べた後、30分前とは別人になっていることを自覚します。

そんな、マルジャーンの作るペルシャ料理って?……気になりますね。たとえば、マホニー神父に魔法をかけたメニューは「アーブグーシュト(ラム肉とじゃがいものシチュー)」というもの。つぶした肉と野菜、澄んだスープに分けて供され、温めた薄いパンで肉のペーストをすくって、薄切りの玉ねぎやトルシー(ピクルスのようなもの)を添えていただきます。書名となった「柘榴のスープ」は、ザクロの果汁とともに米やグリーンピース、ミント、コリアンダーなどが煮込まれ、さらにミートボールを加えたもの。匂いも色合いも想像するだけで気分が明るくなるようです。

シナモン、クミン、サフラン……スパイスの香りが漂う文章の中に、祖国情勢に翻弄され傷ついた三姉妹の姿を軸に、アイルランドの田舎町の人間模様とそれぞれの再生の物語が編まれています。それは、まるで部族の秘密を織り込んだペルシャ絨毯のような細やかさ。気軽な動機で手にした1冊でしたが、印象的だったのは、大きな歴史のはざまで生き抜こうとする三姉妹を救ったのが、故郷のイラン料理であったこと。経済的に、精神面で、身体そのものも――すべてを根っこで支え、希望をもたらしてくれるのが故郷の味だったということは、普遍的にも思えました。

 文・写真/天竺牡丹