おいしい本 Vol.10/亜月裕 著『伊賀野カバ丸』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。10回目に取り上げるのは亜月裕による漫画『伊賀野カバ丸』。

怒涛のようなギャグ、
アクション、そして

焼きそばの破壊力!


伊賀野カバ丸』亜月 裕 著 集英社 刊

「人生の最後には何が食べたい?」。究極の選択として盛り上がる話題のひとつですが、私は長らく「焼きそば」と即答していました。それもこれも、この漫画を学生時代に読んだ時の衝撃があまりに大きかったから。「ジャーッ」と手描きで原稿に描かれた焼きそばの焼ける音にそそられ、鉄鍋ごと特大盛りでドンッと出てくるビジュアルの迫力に圧倒され、それをガツガツとむさぼる主人公・伊賀野カバ丸の豪快な食べっぷりに魅入られ、すっかり焼きそば=最強フードと心に刻みつけられてしまったのです。

人里離れた山奥で、伊賀忍者の末裔として厳しい修行をしながら育った伊賀野影丸、通称カバ丸。祖父の死をきっかけに東京での高校生活を始めることになり、そこから、物語は息もつかせぬ展開の連続です。超人的な食欲と運動神経をもつカバ丸は学園に旋風を巻き起こし、学園対抗の駅伝や山奥での強化合宿に、関東スプリング野球大会にと大活躍。生徒たちを陰で支配する謎の学生連盟やダイヤの密輸組織などが絡む、スリリングな対決場面も目が離せません。

少女漫画とは思えないスピーディなアクションや、怒濤のようなギャグがもたらす熱量のすごさに、一気読み必至。40年前の作品ですが、久々に読み返してみたらそのパワフルさに改めて圧倒されてしまいました。とりわけ、カバ丸の食い意地が爆発するシーンには、読んでいるほうも食欲を刺激されまくり。始めてのお弁当に感激する場面では、憧れのエビフライが光輝く様にこちらも唾を飲み込みそうになったり、巨人軍の紅白戦を見学に行った際に発見したおでんの屋台で、ホームランを打ったらおいしそうに煮えているおでんを全部食べていいと言われて、カバ丸と同じくクラクラしそうになったり。

もちろん、何度も出てくる焼きそばの場面では、「ジャーッ」という音が目に入るだけで、ソースの香りまで漂ってきそうな錯覚になり、カバ丸のせりふ「キャーいい音」と口に出したくなるほど。焼きそばを出してくれるのが、掘っ立て小屋みたいな食堂なのがまたいいのです。上品なフランス料理が出てくる場面もあるのですが、焼きそばやおでん、駄菓子、モチなどの庶民的な食べ物が、本能の赴くままに行動するカバ丸のキャラと相まって、実においしそう。読むだけで元気と食欲が湧いてくる作品です。

 文・写真/高瀬由紀子