知恵袋 Vol.4「寒ブリ」

日々、口にしている食べものにまつわる「おいしい話」「耳よりな話」を目ききに教わる「食の目ききの知恵袋」。豊洲市場で鮮魚で扱うベテランの仲卸さんに、おいしいブリの見分け方について教えていただきました。

 

【今回の目きき】志賀仁一さん
明治元年創業、豊洲市場の鮮魚仲卸「尾辰商店」営業部長。大手水産会社で様々な業務にあたった後、一時は魚と無縁の職に就くも、尾辰商店に誘われて再び市場へ。30年以上の経験を生かして、日々顧客が求めている魚を選び抜いている。 http://www.tsukisuso.com/ 

寒さが厳しくなってくると同時に、刺身や寿司のネタとして人気が高まる「寒ブリ」。その名のとおり、冬の時季に獲れるブリのことを言います。と言っても、具体的にいつ頃から獲れるブリに「寒」を冠するかといったルールは特になく、大体、11月後半あたりからのものをそう呼ぶのが慣習になっているようです。

近年では、富山県の氷見や石川県の能登、新潟県の佐渡といった北陸地方で獲れる天然の寒ブリが、ある種のブランド魚として人気になっています。でも、もともとブリは回遊魚。つまり、日本を取り巻く海のあちこちで獲れる魚です(さすがに沖縄では獲れません)。太平洋側でももちろん獲れますし、北陸以外の日本海側で言えば、北海道や鳥取県の境港、長崎などで水揚げされるブリも有名です。

北海道では、北陸より早い10月頃からブリが獲れるようになります。時季的に「寒」を付けて呼ばれることはありませんが、時には北陸の寒ブリよりも脂がのっているものにお目にかかることもあります。境港や長崎のブリにしても、魚自体が北陸のものと違うわけではないので、それほど産地にこだわる必要はないのではないかと個人的には思っています。

 

「新鮮=おいしい」とは限らない

ただし、氷見や能登といった北陸の海では定置網でブリを獲っているのに対して、境港や長崎では巻き網漁が行われています。何がどう違うのかと言えば、ひとつには、獲れる量が違います。魚群を集めて一気に引き揚げる巻き網漁と違って、定置網の場合はどうしても漁獲量が少なくなります。そのため、北陸のブリは流通量も限られているわけです。

また、獲った後の魚の扱いにも差があります。より鮮度を保ったまま水揚げされるのは定置網のほう。この点も、北陸のブリが「高級魚」として扱われる理由かもしれません。

でも、ブリに限らず、獲れたての新鮮な身のほうが絶対においしいかと聞かれれば、必ずしもそうではないと思っています。そこはもう好みの問題で、水揚げから数日経って身が落ち着いたもののほうが好きだという人も結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。何を隠そう、私自身も、3日目くらいの魚のほうが好きだったりします。

獲れたばかりの魚の身はとても締まっていて、ブリの場合、刺身で食べるとかなり食感があります。それが3日くらい経つと、程よい柔らかさになると同時に、脂が落ち着いてくるのか身全体が白っぽくなってきて、味もより強くなります。どちらがいいということではなく、調理方法や好みに合わせてうまく食べ分けてもらえるといいのではないかと思います。

 

天然か、それとも養殖か?

そういう意味では、天然と養殖の違いも同じように考えることができます。一般的には「天然のほうがいい」と思われているでしょうし、たしかに天然物が素晴らしいのは言うまでもありませんが、だからと言って養殖物が天然より劣るというわけではないでしょう。

特に、天然物にはどうしても個体差があるため、要するに、当たり外れがあるのです。その点、養殖物はどれもしっかりと脂がのっていることが保証されていると言えます。せっかく奮発して天然ブリを買ったのに、あまり脂がのっていなくて残念な思いをするくらいなら、より手頃な養殖ブリにしたほうが、確実に満足できるかもしれません。

もうひとつ、天然ブリについて知っておいていただきたいのが、寄生虫です。と言っても、寄生虫がいるのはブリだけでなく、ほとんどの魚にはいると思ってもらったほうがいいのですが、ブリに特有の「ブリ糸状虫」というやつは、他の虫と比べてデカく、見た目もかなりエグいのです。体長が50cmを超えるようなものを見かけることもあります。

もちろん、通常は我々のような業者のところで処理されていますので、スーパーで売られている切り身にコイツが紛れ込んでいるようなことはありません。また、アニサキスなどと違って人の体に害はないので、そういった心配も要りません。でも、もしブリを1本買いするなら、かなりの確率でそいつが潜んでいると思っておくと、いざ対面したときにショックを受けずに済むと思われます。

たとえちゃんと処理されていたとしても、そんな虫がいるような魚を食べるのはちょっと……という方は、やはり養殖物を選ぶといいでしょう。養殖物なら寄生虫はいません。養殖の魚はどうしても独特のにおいがあるのですが、刺身で食べるにしても醤油とわさびをつければ気になりませんし、火を通せばにおいも消えます。この機会に、養殖物の良さを見直してみてください。

 

ブリも見た目で選ぶのが正解

ところで、ブリと言えば出世魚として知られています。小さいほうから順に、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと成長していきますが、この呼び名は地域によって差があり、関西ではイナダをツバス、ワラサをハマチと呼びます(ついでに言うと、関東でハマチと言った場合には養殖ブリを指すこともあります)。

どれくらいの大きさになったら次に昇格するのかは明確には決まっていませんが、大体、1kg以下がワカシ、1〜2kg以下がイナダ(ツバス)、3〜6kgでワラサ(ハマチ)、8kgを超えるとブリ、というのが目安です。ただ、これまでの話と同じで、ブリだからいいということでもありません。時には、5kgほどの魚体でもブリ並みに脂がのっているものが獲れることもあります。

そういったものが「ブリ」というラベルで売られていることもあるわけですが、それは決して嘘ではありませんし、大事なのは「おいしく食べられること」。なので、おいしいブリを見分けるコツも、自分の目で見て「おいしいそう」と思ったものを選ぶのが正解ということです。実際、私が仕入れるときも、必要以上に魚体を触ったりすることはなく、ほぼ見た目で判断しています。

この冬は、いいブリが量もしっかり獲れています。その一方で、コロナの影響でホテルやレストランでの需要が減っているため、一般のスーパーなどでも、例年よりも質のいいブリが手頃な値段で出回っているのではないかと思います。ぜひ、ご自身の目で「おいしそう」と思えるブリを選んでください。ちなみに、ブリは焼いたり煮たりといった調理も難しくありませんが、私のいちおしはブリ大根です。

大根に染み込んだ脂がおいしい「ブリ大根」

文・構成/ドイエツコ