おいしい本 Vol.5/平野紗季子 著『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。5回目に取り上げるのは、平野紗季子による『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』。

グルメのその先へ。
こよなく愛する「食」の、

きらめきを切り取る。


私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』平野紗季子 著 マガジンハウス 刊

(犬かよ)かあ、わたしの散歩は猫みたいにのらりくらりだわ~と思いながらページを開けば、1ページあたり約2000文字ほどがびっしり並び、写真もすべて著者。服部一成氏のデザインは見開きごとに違う! 文字を追う前から、何か、見えないエネルギーがぐいぐい迫ってきます。「食」のエリアガイドかなという思い込みを恥じつつ、毎夜、ベッドの中で著者の散歩に同行するうちに、まるで犬からリードを引っ張られ後を追いかけて行く人のように、なかなか足を止めることができません。

なじみ深い目黒を例にとると、「とんかつ とんき」に「果実園リーベル」に「locale」「カトマンズ ガングリ」……うんうん。あれ、「コーヒーの店 ドゥー」ってどこ?ググると、わたしの猫的散歩圏内。「ここは大人の喫茶店。<中略>一輪挿しにはいつだって赤いバラが挿されていて、それがとてもきれい」確かに、路地裏の個性的な看板だけがぼんやり蘇ります……。寄り道&喫茶好きと自称しているくせに一歩、踏み出さなかったわたしには見えなかった景色がそこにありました。

幡ヶ谷では、「誰の目にも映らないエアポケットのような駅前の古い商業ビルを見つけると、つい、入ってみたくなる。散歩が冒険になる瞬間」と「幡ヶ谷ゴールデンセンター」に踏み込み、「龍口酒家」の「八宝湯」に「塩分への反骨」を感じ、店主にインタビューを試みる著者。「私たちが楽しんでいるのは、グルメではなくフードカルチャーであり、食事ではなく食体験なのだから」「喫茶店は人の心がそのまま店になるんだ」と語ります。グルメな人にとどまろうとせず、衝撃やきらめきのあるところへと走って向かう。そう、犬みたいに貪欲な好奇心で。加えて、幼い頃から蓄積された体験によって生み出される「食」から広がる景色は、力強くとてもユニークです。

本書は話題となったデビュー作『生まれた時からアルデンテ』に次ぐ2作目。201610月から20205月までの雑誌『Hanako』の連載をまとめたものとなります。すでに、多方面で活躍中の著者は、これからもわたしだけでなく多くの人たちの想像を超えた「食」の姿をあぶり出し、それを唯一無二の方法で表現してくれるはずとワクワクします。

 文・写真/牛島暁美