日々、口にしている食べものにまつわる「おいしい話」「耳よりな話」を目ききに教わる「食の目ききの知恵袋」。今回は「カツオ」について、豊洲市場の老舗仲卸会社を率いる「鮮魚の目きき」に教えてもらいました。春のイメージもあるカツオですが、実は、夏にはさらにおいしくなるのだそうです。鮮度バツグンのカツオを見極めるポイントとは?
明治元年創業の鮮魚仲卸「尾辰商店」の代表取締役社長。大手印刷会社でのサラリーマン生活を経て、縁あって、35歳で仲卸業を引き継ぐ。鮮度抜群で高品質の魚を届けることにこだわり、市場内でのネットワークを築き、信頼を得る。最近は、コロナ禍の巣ごもり需要を見込んで、宅配も行う生鮮食品の小売店もオープン。 http://www.tsukisuso.com/
夏の魚と言えば、京都で伝統的に食べられている「ハモ」や“清流の女王”とも呼ばれる「アユ」などが思い浮かびますが、タタキでおなじみの「カツオ」も、夏になるとぐんとおいしくなる魚のひとつです。鮮度が重視される魚のため、産地にこだわりすぎないことが、おいしいカツオを選ぶポイントです。
カツオが夏においしくなる理由
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」という江戸時代の俳句があるように、カツオと言えば「初カツオ」が有名で、春から初夏にかけての風物詩としてもよく知られています。最近では、2月から3月頃には早くも出回り始めるため、その時季のカツオを「初カツオ」と呼ぶこともあります。
カツオの大きな特徴は、季節が進むごとに南から北へと漁場が北上すること。これは、そもそもカツオという魚が日本近海を南から北、北から南へと回遊する魚だからです。初春、九州の鹿児島あたりにいたカツオの群れは、5月頃には和歌山沖で見られるようになり、8月から9月には東北の三陸や北海道の南部でも獲れるようになります。
このように九州の南からどんどん北に泳いでいって夏を迎えたカツオは、しっかりとした脂が乗っていて、春先の初カツオとは別のおいしさがあるのです。魚体に脂が乗ると聞くと水温が下がる冬をイメージするかもしれませんが、夏のカツオに脂が乗るのは、北上することでより脂の多いエサを食べるようになるためです。
さらにその後、カツオの群れは向きを変えて、南下を始めます。これが、夏から秋にかけて出回る「戻りカツオ」と呼ばれるもので、10月には高知のあたりまで戻ってきます。こうしてカツオは、ほぼ一年中、どこかで水揚げされています。11月から1月あたりはさすがに見かけなくなりますが、それ以外はずっと出回っているのです。
なお、カツオは基本的には太平洋側を泳いでいるため、日本海側では獲れません(たまに「迷いカツオ」が揚がります)。日本海側で冬から夏にかけて獲れる「スマカツオ(ヤイトカツオ)」は、「カツオ」という名が付いてはいるものの太平洋側のカツオとは別の種類で、味も別格。あまり多く獲れないこともあって、近年は高い値が付くことも増えています。
高知のカツオは高知で獲れていない?
カツオと言えば「カツオのタタキ」が有名で、それを郷土料理とする高知県を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、時季にズレはあるものの、南は鹿児島から北は三陸まで、太平洋側であればほぼどこでも獲ることができます。
カツオ漁は、それこそ「土佐の一本釣り」も有名ですが、和歌山あたりではたくさんの針をつなげてまとめて釣る「トローリング漁」が行われているほか、巻き網で一気に獲る方法も広く行われています。どの漁法の場合でも、陸地から離れた遠い海域で漁をすることになるため、漁師たちは大型船で漁場まで出かけていきます。
カツオの漁場は、上で説明したとおり季節によって少しずつ北に動いていくわけですが、だからと言って、漁師たちも季節ごとに選手交代するということではありません。さすがに三陸の漁師が鹿児島まで行くことはないでしょうが、たとえば和歌山沖にいるカツオの群れを狙うのは、和歌山の漁師だけでなく、高知の漁師や三重の漁師もいるということです。
そして、漁師たちが地元に戻って港に水揚げすると、そのカツオは和歌山の◎◎漁港とか高知の◎◎漁港といった水揚げ地の名とともに出荷されます。つまり、同じ海域で獲れたカツオであっても水揚げ地が違えば「産地」は違ってくるのです。これはカツオに限ったことではありませんが、広い海域で獲れる大型魚であるカツオでは特によくあります。
こんなに一年中どこかで獲れているわりには、カツオはそれほど日常的な魚ではないような気がしている方もいるかもしれません。実は、カツオたちは姿を変えて日本人の食生活を支えています。それが、カツオ節とツナ缶。たとえば、春先に九州沖で獲れるカツオは脂が少なくカツオ節向きのため、鹿児島の枕崎ではカツオ節が広く生産されているのです。
いちばんおいしいカツオは近所にある
食材としてのカツオを考えたときに特に重要になるのが、鮮度です。カツオは泳ぎながら酸素を取り入れるため、止まるとすぐに窒息死してしまいます。そこで鮮度を保つために、釣り上げた船の上ですぐに血抜き処理がされます。このおかげで生のカツオが広く出回るようになったのですが、それでも、どうしても水揚げされた後はどんどん劣化します。
そう考えると、いちばんおいしいカツオというのは、自分の家からいちばん近い港に水揚げされたカツオだと言えるでしょう。東京周辺で言えば、千葉の勝浦港がカツオの水揚げ量が多いことで有名ですが、実は、早朝に小田原港に揚がったカツオは昼頃には東京まで届けられるため、これがいちばん新鮮。カツオのイメージを変えるほどのおいしさがあります。
他の多くの魚と違って、カツオと言えば刺身かタタキで食べることが大半で、火を通す調理法はあまり見かけません。スーパーで売られているのも、ほとんどが刺身用に切ったものです。見た目がおいしそうなものを選んでいただくのが基本ですが、ご自宅に近い漁港のものであれば、より鮮度が高いと思っていただければいいでしょう。
また、水揚げ地ではなく獲れた海域を示す「◎◎沖」といった表示がされていることもあります。その場合、南のほうであればアッサリとしたカツオ(春から初夏にかけて)、北に行くほど脂が乗ったカツオ(夏から秋にかけて)ということですので、そういう点も目安にしてください。
今年の夏は、新鮮なカツオとビールで暑さを乗り切りましょう。
文・構成/ドイエツコ