日々、口にしている食材にまつわる「おいしい話」「耳よりな話」を目ききに教わる「食の目ききの知恵袋」。今回は、「牛肉」の格付けの裏側を、東京の食肉卸会社を率いる「肉の目きき」に教えていただきました。A5ランクの意外な真相とは?
業務用の総合食肉卸会社「前田商店」代表取締役。当初は工学設計の道に進むも、長年バイヤーとして活躍していた父の後を追って食肉卸の世界へ。大手の仲卸業者で経験を積み、知識だけでなく食肉加工の技術も身につけたのち、父とともに独立。ジャンルを問わず、どんな飲食店とも二人三脚で肉と向き合う姿勢で厚い信頼を得る。 https://www.maeda-shouten.co.jp/
和牛の最高級の証しとして一般的にも広く知られるようになった「A5ランク」という格付けですが、これは必ずしも「おいしい肉」というわけではないことをご存じでしょうか? もっと言えば、部位によっては当てにならないだけでなく、最近ではA5の和牛はもはや珍しいものではなくなってきているのです。
歩留まり+サシの量=格付け
日本の食肉市場に卸された「牛肉」は、日本食肉格付協会が定めた規格に基づいて格付けがされます。
格付けは、枝肉からどれくらいの部分肉が取れるかを3段階で評価する「歩留等級」(A〜C)と、主にサシの入り具合を5段階で評価する「肉質等級」(5〜1)に分かれていて、その両方の評価をあわせて「A5」とか「B3」「C1」といった等級が決定するのです。
「歩留等級」では、Bを標準として、それよりも歩留まりがいいものがA、標準よりも悪いものがCに格付けされます。Cになるのは授乳を終えたホルスタインなどガリガリに痩せた牛がほとんどで、食肉用として育てられた和牛がCに格付けされることは基本的にはありません。
次に「肉質等級」ですが、ここでは「脂肪交雑(いわゆるサシの量)」「肉の色沢」「肉の締まり及びきめ」「脂肪の色沢と質」という4項目に分けて、それぞれを5段階評価します。いずれも3が標準で、それよりもかなりいいものを5、劣るものを1として格付けし、4項目の等級の中でいちばん低い等級が、その枝肉の等級になります。
3つの項目では5の評価でも、どれか1つが1であれば、その肉は1等級になるということですが、実際には項目によって評価がそれほど分かれてしまうことはないでしょう。やはり、肉の色がよくきめが細かければ脂肪の質もよく、サシもよく入っているものです。
歩留まりはCだけど肉質は5という肉や、反対に、歩留まりはかなりいいが肉質は悪い「A1」という格付けも、通常はまずないと思っていいでしょう。歩留まりがCであれば肉質はほぼ1か2になり、それらは主に挽肉用として使われます。和牛について言えば、実際に格付けされる等級は「B3」〜「A5」の範囲内が大半です。
ただ、この「B3」や「A5」といった格付けを私たちが日常的に使うかと言えば、実はほとんど使うことはないのです。私たちが気にするのは肉質等級のほうだけで、買い付ける際の会話では「3番」「5番」といった番号だけが使われます。
格付けだけでは肉を探せないワケ
ここで知っておいていただきたいのは、この牛肉の格付けは、そもそも「枝肉」の競りで入札価格を決める際の目安にするものだということです。
枝肉の評価だから歩留まりが問題になるのであって、仲卸業者(競りにおける買受人)が競り落とした枝肉を分割した後の「部分肉」を買い付ける私たち卸業者にとっては、もう歩留まりは関係ありません。というよりも、部分肉になってしまえば、もとの格付けを知るには競り落とした業者に聞く以外に方法がなく、そこは信頼関係で成り立っている世界です。
また、格付けを決める部位は明確に決められていて、左側の枝肉の第6肋骨と第7肋骨の間を切開して、その断面を見て判断されます。ここは肩のリブロースに当たる部分で、ステーキ肉として人気のサーロインとも接している部位です。全体の脂肪の付き方や内モモのあたりもチェックされるのですが、やはり基準となるリブロースの肉質が格付けを左右します。
そのため、リブロースの評価からA5に格付けされた枝肉であっても、外モモだけを評価するなら3番、ということはよくあるのです。反対に、枝肉としての格付けはA3でも、5番並みの素晴らしいサシが入ったモモだってあります。
このように、部位によっては格付けどおりとは言えないこともあるため、私たちは「モモの5番」といった言い方をして、枝肉の格付けにとらわれず、その部位の評価としてよりよい肉を買い付けるようにしているのです。
もちろん、飲食店から「A5のモモがほしい」という指定がある場合はそれを探しますが、A3だけどサシが素晴らしいモモ(モモの5番)のほうが、格付けが低いおかげで値段も高くなりにくく、非常にお買い得なのです。
ただ、このところ肉質3番はどんどん減ってきています。
A5はもはや和牛のスタンダード
近年、格付けによって値段が大きく左右されるようになったことで、ほぼすべての畜産農家がA5を目指して牛を飼育するようになり、結果として、より多くの枝肉が4番や5番に評価されるようになっています。2020年の格付け結果を見ると、全体の2割が肉質5番で、和牛に限定して言えば、なんと43%がA5ランクに格付けされています。
A5はもはや珍しいものではなく、和牛のスタンダードと言っていいでしょう。
畜産農家にしてみれば、てまひまかけて育てた牛を少しでも高く売りたいのは当然です。それに、とりあえずA5を目指しておけば、上で説明した「A5だけどモモは3番」などのように、最近人気の脂肪の少ない赤身肉も取れるので、このほうが効率的なのです。
何よりも、格付けと肉の味は一切関係ありません。格付けは枝肉としての評価ですからそれも当然で、A5ランクは「歩留まりが良くて、サシがたくさん入っている」ことを示してはいても、決して「おいしい肉」の証しではないのです。
そこで最近では、肉に含まれるうまみ成分である「オレイン酸」の量を測定して、他よりも多く含まれている=よりおいしいことを謳ったブランド牛も登場しています。格付けにとらわれず、こういった点にも目を向けていただき、各自がいちばんおいしいと思える肉を楽しんでいただくのがいちばんではないでしょうか。
私自身も5番よりも3番のほうが好みなのですが、そこには脂が少ないほうがたくさん食べられる、という理由もあります。今やレアになりつつある「A3和牛」を売りにする店があれば、ぜひ行ってみたいものですね。
文・構成/ドイエツコ