おいしい本 Vol.17/アンソニー・ボーデイン 著『クックズ・ツアー』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。17回目に取り上げるのは『クックズ・ツアー』です。

食に取り憑かれた男の
愛すべき人柄が滲む、
ハードボイルドな冒険譚

クックズ・ツアー』  アンソニー・ボーデイン 著 野中邦子 訳 土曜社 刊

 アクシデント続きだったり、極端に暑かったり寒かったり、過酷だった旅ほどその記憶は鮮明に残っているもの(ではないでしょうか?)。「クックズ・ツアー」は、ニューヨークのフレンチレストラン「レアール」の総料理長を務め、作家やテレビ番組のホストとしても知られたアンソニー・ボーデインが、2002年に放映された同名のテレビ番組のために世界中を旅した体験を綴った本。完璧な一皿を求めて東へ西へと駆け巡りますが、食のシーンのみならず、それぞれの土地の風景や、出会った人々とのやりとりなど、彼が体感したあらゆることが生々しいほどリアルに伝わってくる、まさに冒険譚です。

 ロシアではしこたまウォッカを飲まされた挙句、凍った湖に飛び込み、ベトナムのカントーへ向かう高速道路では、気が狂ったように警笛を鳴らしながら猛スピードで車を走らせるドライバーに殺されそうに。モロッコでは砂漠で羊の丸焼きを食べるという野望を叶え、ポルトガルの農場で豚が解体されるところを見届けた後、全てをおいしくいただく。かと思えば、バスクのサン・セバスチャンでは「アルサック」、アメリカ西海岸では「フレンチ・ランドリー」と、世界最高級のレストランでシェフとして目を開かされる食体験も。日本で江戸前寿司やふぐ、高級懐石を楽しみ、納豆の匂いに恐れおののく様子も描かれています。

 狭いエコノミークラスの座席に悪態をつき、子供の頃に夏休みを過ごしたノルマンディのビーチで感傷に浸る。読み進めるほどにその人間臭さや、やんちゃで好奇心旺盛な人柄に魅かれずにいられなくなりますが、残念ながら2018年に61歳の若さで自死してしまいました。旅を愛するすべての人が出かけたくてうずうずしている今、もし彼が生きていたら何を考え、どんな言葉を発信するだろうかと思わずにはいられません。

 文・写真/森田華代