日々、口にしている食べものにまつわる「おいしい話」「耳よりな話」を目ききに教わる「食の目ききの知恵袋」。今回は、漢字で「春の魚」と書くサワラについて、豊洲市場の老舗仲卸会社を率いる「鮮魚の目きき」に教えてもらいました。実は、春にはあまりおいしくないって一体どういうことなのでしょうか?
明治元年創業の鮮魚仲卸「尾辰商店」の代表取締役社長。大手印刷会社でのサラリーマン生活を経て、縁あって、35歳で仲卸業を引き継ぐ。鮮度抜群で高品質の魚を届けることにこだわり、市場内でのネットワークを築き、信頼を得る。最近は、コロナ禍の巣ごもり需要を見込んで、宅配も行う生鮮食品の小売店もオープン。 http://www.tsukisuso.com/
春の魚と書いて「サワラ(鰆)」。こんな漢字を付けられているくらいなので、「春が旬の魚は?」と聞かれれば、多くの人が「サワラ」と答えるでしょう。でも、魚の旬というのは、必ずしも「いちばんおいしい時季」ではないことも多々あります。むしろ、サワラのように「いちばん多く獲れる時季」を指して「旬」と言われていることのほうが多いかもしれません。
意外と地味な「サワラ」の底力
実際、サワラという魚は、日本近海であれば一年中どこかで獲れています。ただ、春が近づくと、産卵のために沖合から沿岸や内海のほうへと近寄ってくるため、おかげで人間にとっては漁がしやすくなります。その結果として、他の季節よりもたくさん獲れることから、「春が旬の魚」と言われるようになったようです。
特に西日本では、春になるとサワラが多く獲れるようになります。産卵を目指しているわけですから、当然メスは卵を持っていて、よく煮付けなどにして食べられます。また、オスのほうが持っている白子も、タラの白子などと同じようにポン酢で食べるとおいしいです。
このあたりの特徴は、同じく春が旬と言われる「タイ」とも似ています。タイも、サワラと同じように産卵のために岸に近づいて来ることから、春によく獲れるのです。
しかし、サワラとタイには決定的な違いがあります。それは……味。そもそもサワラがどんな味だったか、すぐには思い出せない方も多いのではないでしょうか。そう、サワラの身はとにかく淡泊なんです。ただ、淡泊な味だからこそ、西京焼きや幽庵焼きなどにはもってこいの魚であり、サワラと言えば西京焼きだし、西京焼きと言えばサワラと言ってもいいほどです。
ちなみに、まだ寒い冬の時季に獲れるサワラは「寒ザワラ」と呼ばれ、くせのない脂で、それはもう突き抜けたおいしさがあります。私自身、初めて口にしたときはかなりビックリしたものです。これは、卵を持つ前で脂が身にしっかりとのっているのが理由。反対に、春のサワラは、ほとんどの栄養分を卵にあげてしまっているため、余計に身が淡泊になっているのです。
そんなわけで、サワラの真の実力を試してみたい方は、次の冬をお楽しみに(ほぼ1年後ですが……)。
禁漁期間で魚が変わる
ところで、4月から5月にかけては「魚が変わる時季」でもあります。それは、5月になると沿岸の底引き網漁が禁漁になるからです。底引き網漁では、海底に網を沈めて、それを船で引っ張って一気に魚を獲ります。そのため、海洋資源を守る観点から、毎年一定の期間しか漁が認められていないのです(具体的な期間は場所によって異なります)。
と言っても、スーパーに並ぶ魚の種類がガラリと変わる、というほどの変化はありません。ただ、特に海の深いところに住んでいるような魚の場合、ほとんど底引き網漁でしか獲れないため、禁漁になると出回らなくなります。具体的に言えば、冬の間に重宝されていた「キンメダイ」や「ノドグロ」などは、5月以降にはなかなかお目にかかれなくなります。
また、一足早く禁漁期間に入るのが「越前ガニ」で、カニ漁を終えた福井の漁師たちが次に狙うのが「ホタルイカ」。ホタルイカと言えば富山湾が有名ですが、まず3月の初めに富山で漁が解禁されて、4月になると福井や兵庫のものも出回るようになります。終わりは、富山では大体5月まで、福井や兵庫のホタルイカは6月頃までといったところです。
富山〜福井〜兵庫なら海もすぐつながっているし、同じホタルイカだろうと思うかもしれませんが、はっきり言って、富山のホタルイカは別格です。産卵期を迎えて身がパンッパンの富山のホタルイカを召し上がるなら、お早めに。
文・構成/ドイエツコ