パリだよりVol.4/「RESTAURANT KEI」高塚俊也シェフ•パティシエ(後編) 「僕のシェフとしての歩み」

パリの”食”に関する話題を、パリ在住の日本人シェフによるリレー形式でお届けする「日本人シェフのてまひまパリだより」。今回は、 『フランス版ミシュランガイド2020』で3つ星を獲得した「RESTAURANT KEI(レストラン・ケイ)」にてシェフ•パティシエを務め、初年に当たる2019年の『ミシュランが選ぶパティシエ30人』にも選出された、高塚俊也さんの後編をお届けします。高塚さんのこれまでの歩みを、レストラン・ケイの珠玉のお皿とともにお楽しみください。

てまひまオンライン読者のみなさま、こんにちは。「レストラン・ケイ」シェフ•パティシエの高塚俊也です。今回は、僕がなぜ料理の世界へ進んだのか、これまでの歩みを振り返ってみます。

憧れから

僕の父は元々料理人だったので、食べ物を作って人に喜んでもらうことは心地良い、楽しいと思って育ちました。小学4年生のころ、僕が初めて作ったチャーハンを父が食べてとても喜んで褒めてくれてくれたことがありました。そのとき父から「黄金チャーハンにするにはこうすればいい」とコツを教えてもらい、しばらくの間チャーハンを毎日つくり続け、家族を困惑させたのはいい思い出です。一度のめりこんだら、とことん続けるという性格の子供でした。

進路を考えたのは高校3年生の時で丁度、パティスリーがブームになり、メディアでもよく取り上げられていました。テレビに映るモダンなアントルメに憧れて、僕もケーキを作りたいと思うようになり、辻製菓専門学校に進学しました。両親は当時、浸透し始めていたカタカナ職業のパティシエになる夢に理解を示してくれ、好きな世界に挑戦することを応援してくれました。

専門学校時代は「東京スイーツ」という小冊子を片手に、掲載されているパティスリーを片端から回るスイーツヲタクでした(笑)。 学校で習う古典フランス菓子の歴史や文化の魅力に引き込まれ、どんどんパティシエになりたいという気持ちは膨らんでいきました。このときのお菓子が好きだという気持ちが、いまでも原動力です。

パティシエへ、フランスへ

専門学校を卒業して「パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ」に就職しました。日本におけるフランス菓子の先駆者的な存在である藤生義治シェフのもとで5年間、パティシエとしてのあらゆる基本を学び、シェフの後押しで2009年にフランスへ渡りました。

最初にパリではなく田舎に入ったというのは、フランスに来る際、自分で一番希望したことで、地方を選んだのは、 地方独特の素材や文化、古典菓子等を体験したかったからです 。コートダジュールにあるボルム・レ・ミモザという花で有名な美しい村で、 藤生シェフの功績のおかげで代々、店の先輩たちを受け入れてくださっていた、MOF(フランス国家最優秀職人章)のグラシエ(アイス専門職人)、ローラン・デルモンテさんの店でした。

知り合いの農家さんが持ってきた新鮮なフルーツを、惜しげもなくそのままアイスクリームにしていくなど、素材との向き合い方では本当に勉強になりましたし、皆が知り合いで美味しい素材が自然と集まってくるような空気の中にいられたのもよかったと思っています。パリと違ってアジア人は殆どいない場所で、日本人を珍しがって一度知り合うと皆が気軽に声を掛けてくれるような環境だったため、僕はいつの間にか立派なマルセイエ(南仏人)になりました(笑)。
もともと田舎への憧れもあったので、フランスでありながら懐かしさのようなものも感じ、すっかりフランスが好きになりました。この店の後も、この地方に残って仕事をすることができました。


左から、レストラン・ケイのスペシャリテより「ジャルダン レギューム クロッカン 庭園風サラダ」、「ブラッディ・マリーでグラッセしたラングスティーヌとキャビアクリスタル」。

レストラン・ケイ

その後、パリに来てから2か所を経て、2013年から小林圭シェフの元で働いています。一つ星から二つ星、そして昨年1月に頂いた三つ星への道を共に経験させてもらっています。僕自身も2019年に、ミシュランのセレクトするベストパティシエ 30名の一人に唯一のアジア人として選ばれました。
小林シェフは、インタビューでもよく「レストランは テアトル(劇場)だ」と話していますが、店でもいつも同じことを繰り返し話しています。予約の電話を受けた瞬間から序曲は始まっている、と。お客様に満足いただき最高の笑顔をいただくテアトルは、料理と空間とサービスが三位一体になってこそなされることで、デセールもその大事な一部であると、意識を共有しています。

小林シェフは、今まで言ったことはすべて実行してきています。実行までには話し合いを重ね、構築しては壊しの過程を繰り返し、目指すものを形にしていっています。世界一のチームで世界一のレストランを目指すこと、常に上を見ているその姿勢にも強く共感していますし、そのためには変わっていくことも恐れない。その目標に向かって自分も一緒にチャレンジしているのを、誇りに思っています。

僕達にとって、三つ星はスタート地点

今年2月の再オープンに合わせ、パリの店舗は大改装に取り掛かっています。1月末には、静岡県御殿場市東山に和菓子の老舗「とらや」とのコラボレーションで、レストラン、「メゾン・ケイ」がオープンします。自然、食材も豊かな土地での新しいチャレンジです。日本の皆さんにもレストラン・ケイの世界の一部を楽しんでいただくことができるようになるのが今から待ち遠しいです。これからもフランスや日本に限定されることなく、世界に発信していきたいです!(高塚シェフ第一回・終) 


高塚俊也/「レストラン・ケイ」シェフ・パティシエ。1984年生まれ、埼玉県出身。2009年に25歳で渡仏。地方のパティスリーで修業後、パリの「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション 」、「ホテル・ランカスター」を経て2013年から現職。本記事のトップ画像はレストラン・ケイのスペシャリテより、高塚さんによるデセール「ヴァシュラン アグリューム バジリック」(photo©Richzr Haughton)。

 取材/シフォロ光子(パソナ農援隊パリ支店) 写真提供/高塚俊也、「RESTAURANT KEI」https://www.restaurant-kei.fr/welcome-japan.html