パリの”食”に関する話題を、パリ在住の日本人シェフによるリレー形式でお届けする「日本人シェフのてまひまパリだより」。今回、登場するのは『フランス版ミシュランガイド2020』で3つ星を獲得した「レストラン・ケイ(RESTAURANT KEI)」にてシェフ•パティシエを務め、初年に当たる2019年の『ミシュランが選ぶパティシエ30人』にも選出された、高塚俊也さんです。パリらしい旬の味とお気に入りスポットのお話を、ぜひご堪能下さい。
てまひまオンライン読者のみなさま、こんにちは。ご紹介いただいた「レストラン・ケイ」シェフ•パティシエの高塚俊也です。 初回の今日は、冬の味覚の話と、パリとパリ近郊のおすすめスポットをご紹介させていただきたいと思います。
旬の味覚、タルト・タタン
一年中それぞれの季節の食材に出合えるのは心躍ることですが、フランスで今、旬を迎えている味覚の一つに、りんごがあります。ここ最近、僕はりんごと向き合う日々を過ごしていました。ある媒体で紹介するため、家庭でも作りやすい、美味しいタルト・タタンのレシピ開発に没頭していたからです。
タルト•タタンとは、バターと砂糖で煮詰めたりんごを型の中に敷き詰めて、パイやタルトの生地をかぶせて焼きあげる、フランスでもっとも人気のあるクラシックなデザートのひとつです。りんごと生地のみ、というシンプルな作りですが、実はとても奥が深い。
フランスで簡単に手に入るりんごは約30種類ほどあって、とくに9月から2月にかけては、旬が次々と入れ替わっていきます。1種類のりんごにこだわって試作を繰り返していると、よい感触が出て来た頃には別の品種が旬を迎えていて、いつまでも追求したくなってしまいます。
生で食べてみて食感や香りを確かめて、どのように火を通したらそのりんごの美味しさを最大限に引き出せるのかをイメージしていきます。キャラメルの焦がし具合やバターを入れるか否か、火の強さや焼く時間の長さによってさまざまな表情に出来上がります。
僕が目指したのは、「少し食感を残しつつも柔らかくて、口の中で溶けるようにじっくり火を通すことで凝縮された味わいと丸みのある酸味」です。組み合わせるパイ生地は、ふわっと浮かせて厚く焼いて、うっすらキャラメリゼしてあります。そして食べる直前に、焼きたてのりんごとパイ生地を組み合わせて完成。ナイフがりんごにすっと入っていき、パイ生地は無理なくパリパリ崩れていく、すこし温かくて甘い香りが漂う、そんなタルト・タタンが僕の思う理想の仕上がりです。
タルト・タタンはとても料理の要素の強いデザートだと感じています。パティシエはレシピを正確に作ることに重きを置きますが、料理人はまずりんごを見極めて砂糖やバターの配合を決めるといった具合に、まったく逆の視点で、食材からレシピを作り上げていきます。料理人の感性に触れるたびに発見があって新鮮であると同時に学びがあります。
僕は、レストラン・ケイで料理人と一緒に働くことによって大きな刺激を受けて、パティシエとしての創作や発想の感性を磨いているのです。
左:高塚シェフによるタルト・タタン。右:さまざまな品種のりんご。
おすすめスポット、ガリー農場
タルト・タタンに没頭する日々の中、気晴らしに家族でパリ郊外・ベルサイユ近郊にあるガリー農場(Les Fermes de Gally)に行ってきました。シーズン真っ盛りということもあって約20種類のりんごが食べごろ、どれも鈴なりに実っていました。木からもぎとってすぐに食べるりんごは香りも味も普段とは比べ物になりません。子供たちもお気に入りの品種を見つけて、得意げになって友達に話していました。
りんご以外にも果物や野菜、花などの畑があります。訪れる人はみなカゴやカートを借りて、自ら畑に入って収穫します。収穫物は量り売りです。朝の早い時間に行くのがおすすめです。僕たちも午前中に行ったのですが、すでに大勢の人でにぎわって収穫しつくされている畑もあったくらいです。
今回、発見した穴場がズッキーニの畑です。立派に育ったズッキーニはとられてしまっていてもうなかったのですが、花の咲いている小さなズッキーニは誰も取らないので沢山残っています。一般的にはあまり知られていないみたいですが、料理人がみたらきっと大喜びです。うちも袋いっぱい収穫してきて、花つきのまま丸ごと天ぷらにして美味しくいただきました。おすすめです。
広大な敷地内には、他にも牧場、エピスリー、カフェ、ガーデニングショップなどが併用されています。子どものためのパン教室などを提供していたり、教育的なプログラムを取り入れたオーダーメイドの誕生日会も企画してくれるため、近所の人たちだけでなくパリから家族連れで訪れる人も多いです。農業大国フランスを体験してみてはいかがでしょう。
左:ガリー農場での収穫時のひとコマ。右:農場で栽培しているりんごの品種を説明しているコーナー。ガリー農場はとにかく広いので、行く前にホームページで旬の果物、野菜がどこにあるのかチェックすることをおすすめします。www.lesfermesdegally.com
プロご用達の調理道具専門店、「ドゥイルラン」のこと
僕が足繁く通うパリ一番のお気に入りスポットはといえば、レストラン・ケイからもほど近い、プロ用調理道具専門店の「ドゥイルラン(E.DEHILLERIN)」です。1820年開業の老舗・ドゥイルランは、歴史を感じさせる店構えや他には見られない品揃えで、店員さんたちも皆、道具に精通したプロフェッショナル、界隈の調理道具専門店とは一線を画す存在です。
レストラン・ケイの休業日に訪れた際は、ドゥイルランの店内をゆっくりと見ることができました。ドゥイルラン家のムッシューが、奥から昔のカタログを取り出して見せてくれたのは貴重な経験でした。今でも日常的に使われている型があったり、見たことすらない昔の道具が載っていて、想像力を掻き立てられました。道具がお菓子を進化させ、パティシエのひらめきが道具を誕生させてきた歴史を垣間見た気がします。
このお店にはアンティークのような道具から、最新技術を駆使して作られたシリコン製の型まで、ありとあらゆる道具が天井までびっしりと並んでいます。美しく磨かれた銅製の道具たちはパティシエや料理人の憧れで、いつまでも眺めていたい気分です。世界中の食にかかわる人々が集まる店に、皆さんもぜひ足を運んでみてください。
次回は、僕がパティシエの道を選んだ背景や、レストラン・ケイのことを中心にお話しさせていただこうと思っています。(後編へ続く)
左:プロ御用達の調理道具専門店「ドゥイルラン」にて、店のご主人、エリック・ドゥイルランさんと。右:店の古いカタログ。www.edehillerin.fr
高塚俊也/「レストラン・ケイ」 シェフ・パティシエ。1984年生まれ、埼玉県出身。2009年に25歳で渡仏。地方のパティスリーで修業後、パリの「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロビュション 」、「ホテル・ランカスター」を経て2013年から現職。
写真提供/高塚俊也 取材/シフォロ光子(パソナ農援隊パリ支店)