パリだよりVol.1/「ERH」北村啓太シェフ(前編)「僕と料理との出合い」

パリ発の”食”に関するさまざまな話題を、パリ在住の日本人シェフによるリレー形式でお届けする連載「日本人シェフのてまひまパリだより」。トップバッターを務めるのは、パリ2区にあるミシュラン一つ星店「RESTAURANT ERH」の北村啓太シェフです。前後編の2回にわたり、シェフが食への思いを綴ります。

はじめまして。パリ2区にあるミシュラン一ツ星店「RESTAURANT ERH」のシェフ、北村啓太です。まずは前後編の2回にわたって、僕と料理との”出合い”についてお話できればと思います。

 母の導きにより、料理の道へ

滋賀県に生まれた僕は、料理好きの母の影響で、幼い頃から料理に興味を持っていました。3歳頃から母を相手にレストランごっこを始め、当時テレビで放送していた『料理天国』という番組に夢中になったりしていましたね。ブラウン管を通して見るフランス料理は身近にはない華やかさで、子ども心にも一番、惹かれる存在でした。

僕の料理への強い関心や味覚の鋭さに気づいていた母は、良いところを伸ばしてあげたいと思ったそうです。小学校入学前からフレンチの巨匠・三國清三シェフの厨房や、料理界の”東大”と言われていた「大阪あべの 辻調理師専門学校」の厳しい授業風景などが紹介されるテレビ番組を見せてくれたり、手作りのお菓子を作り続けてくれたり――。僕が料理の道へ進む一番のきっかけが母であることは、間違いありません。

 世界トップレベルのシェフとの出会い

高校を卒業した僕は、迷うことなく「大阪あべの 辻調理師専門学校」に入学しました。厳しさは承知の上でしたが、そこはもう想像以上の世界(苦笑)。入学時は60人程いたクラスメートが、無事卒業して就職を果たしても実際に働き始めると現場の厳しさについていけず、一年後には約六割が料理の世界から離れていく有り様でした。一方、僕は就職先を模索する中、縁あって神奈川県小田原市にあった「ラ・ナプール」に入店しました。そこで出会ったのが、世界的な評価を受ける成澤由浩シェフ。シェフには、新人の頃から世界トップクラスの仕事をマンツーマンで徹底的に叩きこんで頂きました。床掃除一つとっても完璧を目指す成澤シェフの厨房は、奇跡のように綺麗でした。

 日ごとに募る、フランスへの想い

2003年になると、店は東京・南青山に移転(現「NARISAWA」)。僕もシェフと共に上京し、次第に新人の教育を任されるようになりました。後から入って来た子達には、シェフに鍛えられた僕が徹底した教えは、かなりのインパクトだったと聞かされました。小田原時代からの8年間を「NARISAWA」で過ごし、スーシェフを任されるようになった頃、僕の意識はフランスへと向き始めていました。「NARISAWA」の厨房では、料理人の8割がたがフランス在住経験者。フランスの話題についていけなかったこともあり、やはり本場を知るべきだ、と思ったのです。フレンチの世界でやっていくからには、三ツ星レストランで働かなければ……。そんな高い理想を胸に、僕はパリへと旅立つことを決意したのです。(後編へ続く)

RESTAURANT ERH」の内観。

取材/シフォロ光子(パソナ農援隊パリ支店) 構成/伊藤ゆずは 写真提供/「RESTAURANT ERH」https://restaurant-erh.com