「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。第1回目に取り上げるのは、ジェフリー・スタインガーデンのエッセイ『美食術』。
ただの食通にあらず。
研究、取材、実践、そして
歴史も科学もすべて食べつくす。
『美食術』ジェフリー・スタインガーデン 著 柴田京子 訳 文藝春秋 刊
ページをめくった途端に、著者は預言者イザヤの言葉を引き、大胆にもイザヤは栄養士としては未熟だったと語り始めます。そこから、エジプトで発見された6000年前の天然酵母のパン、パン・オー・ルヴァンの再現に取り組んだ日々のことへと続くのが、冒頭の一篇「原初のパン」。1mの高さまで学術資料や記事を集め、粉は胚芽とふすまを除去した無漂白か石臼で挽いた有機栽培の全粒小麦粉か、包むのはキッチンタオルかプラスティックのラップか悩み、ついには発酵温度を15℃に保つために夫婦揃って風邪をひいてしまう……。なんと、恐るべし探求心!
それもそのはず、著者ジェフリー・スタインガーデンは、ハーバード・ロースクールとマサチューセッツ工科大学を出た元弁護士。グルメぶりが高じて1989年には、ヴォーグ誌の料理評論家に指名されます。そんな彼が京都へと飛び、「千花」の澄まし汁を簡素にして完全無欠な吸い物とし、薄れゆく日本の伝統的な生活を集約していると語るのが「京都の料理」。「すべてのアイスクリームの母」では、シチリアの孤児院で菓子作りを学んだペストリー職人、マリア・グラマティコを訪ね、アーモンド・グラニータを紹介し、その甘さに秘められたひとりの女性の物語へと読者の想像をかき立てます。
収蔵された38の話は、いずれも広範囲な知識を軸に取材を重ね、食べ物への愛情をユーモアたっぷりの筆致に包み込んでおり、ありきたりの食評論を超えたコラムのダイナミズムにワクワクさせられます。味覚の背後にある栄養学も科学も歴史も文化も自在に切り開き、まさに、原題のとおり「THE MAN WHO ATE EVERYTHING」。向き合う読み手も、丈夫な歯と胃が必要かも。読書も料理も、そしておそらく人生も、広く深く味わうところに醍醐味があると再認識する1冊です。
文・写真/牛島暁美