「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。8回目に取り上げるのはオーレリア・ボーポミエによる『魔法使いたちの料理帳』。
ときには日常を離れて、
魔法のステッキを使う
秘伝のレシピはいかが?
『魔法使いたちの料理帳』オーレリア・ボーポミエ 著 田中裕子 訳 原書房 刊
表紙を飾るのは、美しくも毒々しい真っ青なリンゴ。そう、これは「白雪姫」に登場する毒リンゴをイメージしたスイーツなのです。艶めく青色は、青い食用色素で色づけしたカラメルシロップなのでご安心を。この本に登場するのは、小説や映画、ドラマからコンピューターゲームにいたるまで、さまざまな物語に登場する魔法使いや魔女、妖精たちの食のワンシーン。フランス国立の図書館員の経験があり、料理研究家でもある著者が、綿密なリサーチのもとに秘伝のレシピとして紹介しています。
「アラジンと魔法のランプ」「指輪物語」「メアリー・ポピンズ」など、おなじみの物語が次々と出てくるので、ファンタジー好きにはたまりません。何より、レシピの言い回しが楽しい。「奥さまは魔女」のマカロニグラタンのつくり方では「オーブンよ、180℃になれ! トマトよ、洗われてさいの目になれ!」、「ハリー・ポッター」のステーキ&キドニーパイのつくり方では「『涙よ止まれ』の呪文をかけ、タマネギの皮をむいてみじん切りにする」といった具合。実用的なレシピ本を見慣れた目には、このはじけっぷりが痛快です。ときには登場人物自らがレシピを案内する場合もあり、物語の世界におのずと引き込まれます。ランプの魔神に中東を代表する郷土菓子「ハルヴァ」を伝授され、「ご主人様、月夜を愛でながらいただきましょう」と言われたら、エキゾチックな砂漠の洞窟が目に浮かんできそう。
「毒リンゴ」をはじめ、「モンスターのスパイシータコス」「囚人の足かせ」などのおどろおどろしい名前の料理も、レシピをよく見れば実はターキーのタコスやビスケットだったりと、おいしそうなものばかり。グリッシーニにミニトマトを刺してモッツァレラチーズを絡める「魔法のステッキ」なんて、子どもが大喜びしそうです。シンプルなスフレオムレツも、「“魔法で竜巻を起こして”泡立てるんだよ」と場を盛り上げれば、マジカルな一品に早変わり。考えてみれば、「おいしくなあれ」と唱えながら作るいつもの料理も、立派な魔法なのかもしれません。
文・写真/高瀬由紀子