おいしい本 Vol.2/鈴木由美子 著『香港 地元で愛される名物食堂』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。2回目に取り上げるのは、鈴木由美子による『香港 地元で愛される名物食堂』。

香港の下町の活力と、
パワフルな食文化に愛を込めて。

 

香港 地元で愛される名物食堂』鈴木由美子 著 ダイヤモンド・ビッグ社 刊

初めて香港を訪れた際、真夜中を過ぎても夜食やスイーツを楽しむ人たちで賑わう街の熱気に圧倒されたことが忘れられません。香港の人々の食にかける情熱は半端なく、星付きの高級店から庶民的な食堂や屋台まで、美味しい店の裾野も実に幅広いです。この本は、「ローカル過ぎて地球の歩き方に載せられなかった地域密着の繁盛店」というサブタイトルが示すごとく、旅行者が見つけるにはハードルが高い“地元民に愛される街角の店”を徹底紹介する1冊。長年にわたり、バックパッカーのバイブル『地球の歩き方』の香港篇の編集に携わってきた著者ならではの取材力が、存分に発揮されています。

とりわけ、単なる店紹介にとどまらず、店主たちの真摯な思いにまで深く切り込んでいるのが胸に響きます。基本的には各店の名物料理にフォーカスしているのですが、時に厨房にまで潜入してこだわりの核心に触れることもしばしば。例えば、練り物が絶品の「夏銘記麵家」の項では、全て手作業でハモの小骨や血合いを取り除き、添加物なしでフワフワの弾力をもつ団子をつくる現場を紹介。ロースト料理が名物の店「甘牌燒鵝」の項では、面倒な下ごしらえの手間を店が惜しまないことを力説し、飴色にツヤツヤと輝くガチョウのローストが焼き上がる様を見届けます。登場する多くの店主に共通する思いが、真心を込めて作ることの大切さ。目まぐるしく変化する都市の中で、流行に流されず無骨なまでに伝統の食文化や信念を守り抜く、職人肌の人々が健在であることを伝えてくれます。

取り上げられている店のジャンルも非常に多彩です。ロースト店、街角食堂、麵・粥専門店、スイーツ店……。香港独自のファミレス的な何でもあり食堂「茶餐廳(チャーチャンテン)」や、昔ながらの喫茶店「冰室(ピンサッ)」の項目では、主なメニューや利用法まで詳しく解説。香港人にも負けないであろう著者の食への情熱が、ぎっしり詰まった情報の端々から伝わってきます。ページをめくるたび、広東語が飛び交う店の活気や、美味しそうに料理を頬張る客の顔も見えてきそうなほど。激動が続く彼の地で、豊かな食文化の灯をどうか守り続けてほしいと願わずにはいられません。

文・写真/高瀬由紀子