おいしい本 Vol.14/ 『作家の酒』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。14回目に取り上げるのは『作家の酒』です。

酒との付き合い方から
浮かび上がる、

昭和の文豪の生き様。


作家の酒』  平凡社 刊

文壇バーで文学談義をしながら盃を傾けるか、ゴールデン街で倒れるまで飲みまくるか。昭和の文士というと、勝手にそんなイメージを抱いていましたが、この本に登場する作家たちと酒との付き合いは、百人百様。昭和の熱い空気感が漂う中、それぞれの作風や生き方までが浮かび上がってきます。

『作家の酒』は、平凡社のビジュアル本シリーズ「コロナ・ブックス」の創刊150号を記念して出版された本。それだけに、内容は濃密で、貴重な写真も満載です。登場する26名は、文士をメインに、映画監督やデザイナー、漫画家など豪華な顔ぶれ。酒に関する本人の文章の抜粋、お気に入りの店や献立の紹介、家族や友人など縁の人物からの寄稿などを読むうちに、今は亡き作家たちが身近に感じられてきます。各々の飲み方を「四六時中酒」「リンリンはしご酒」など、ユニークなひと言で表しているのも楽しい! 目次を眺めるだけでも想像が掻き立てられます。

しかし皆さん、実に個性豊か。荻窪から新宿の酒場をハシゴして飲み歩く道程が“井伏ロード”とも呼ばれた「横綱酒」の井伏鱒二、「好きで飲んでいるわけやない」と言いつつぶっ倒れるまでウイスキーをがぶ飲みしていた「バッタンキュー酒」の稲垣足穂、その日の仕事が終わると自宅で大人数に料理とお酒を振る舞う“黒澤組の宴会”が活力源でもあった「太っ腹酒」の黒澤明、自身が開いた居酒屋で創作メニューも出すほど料理上手だった「ケロケロ酒」の草野心平……。豪快で型破りな飲んべえばかりではありません。正装して高級クラブやホテルのバーでグラスを傾けることを好んだ「スマート酒」の三島由紀夫、一日三升飲んでも決して乱れず器や肴にも流儀があった「こだわり酒」の立原正秋など、本当にさまざまな飲み方や美学があるものです。

このご時世だからか、宮脇俊三の「特急ひとり酒」にはとりわけ惹かれました。汽車に揺られながら景色を眺めて一杯、旅先で土地の珍味を愛でながら一杯。たとえば、富山では寒ブリ、秋田ではキンキ。そうやって全国の未乗線区を制覇していった『時刻表2万キロ』、これを機に読んですっかり宮脇ファンになりました。敷居が高かった他の文豪たちとの距離も、ぐっと縮まった1冊です。

 文・写真/高瀬由紀子