食を愛する人々に、料理や食材について熱く語っていただく「食通たちのてまひまだより」。今回は東京・銀座にある「レ・コパン ドゥ ドミニク・ブシェ」の伊藤翔シェフが登場。フレンチの要であるソース作りに最もてまひまをかけるという伊藤シェフの料理に対する思いを聞きました。
伝統料理への回帰でフレンチの技術を研究
高校を卒業後、横浜にあるフレンチレストラン「霧笛楼」で7年間修業し、料理の基礎を学びました。本場フランスで勉強がしたくて単身パリへ渡ったのが2015年です。何軒かレストランの門を叩き、受け入れてくれたのが「ドミニク・ブシェ」でした。わずか1年の修業でしたが、休みはしっかり取って仕事に100パーセント集中するフランス人のメリハリのある働き方には影響を受けましたね。帰国後、銀座の「レ・コパン ドゥ ドミニク・ブシェ」のオープニングにあたりドミニクから声をかけてもらい、2017年からシェフを任されています。ドミニクは日本に造詣が深く、日本の食材にも詳しいのですが、フランス人の記憶からすら薄れつつある伝統的な料理や家庭料理に光を当て、現代風にアレンジしガストロノミーとして表舞台に出すことにこだわっています。
店のスペシャリテになっているパテ・アン・クルートには特別な思い入れがあります。ファルスと呼ばれる肉のパテをパイ生地で包み、間にコンソメのジュレを入れて冷やし固めた伝統的なフランス料理のひとつですが、現代では本国フランスでも忘れ去られた存在でした。ところが近年、シャルキュトリーの本場、リヨンでパテ・アン・クルートのコンクールが開催されるようになると、世界中で注目されるようになりました。僕もこのコンクールに参加して、最終審査まで残りました。コンクールのためにほぼ独学で1年ほどかけて研究し、これが僕のスペシャリテとなりました。
パテ・アン・クルートは仕込みに時間がかかる料理で、料理人の技術と個性が発揮できるもののひとつです。ファルスの中身は料理人によってさまざまですが、僕のレシピはシャラン鴨や豚、牛タンの塩漬け、フォアグラなど形状を変えた複数の肉に数種の香辛料、コニャックやポルト酒、ワインを加えてマリネします。そこへ鶏の骨から取ったジュ(出汁)を絡めて肉の風味を封じ込めます。これをパイ生地で包んで焼きますが、1日寝かせると中のファルスが少し縮むので、その空間にコンソメを流し入れ、肉の旨味をさらに閉じ込めます。パイを焼き過ぎてしまうとファルスがパサついてしまうので、焼き加減も重要なポイントです。さっくりとした食感のパイとしっとり香り高いファルスが出来上がるまで、試行錯誤を繰り返しました。今では師匠のドミニクにも「翔のパテ・アン・クルートが一番美味しい」と言ってもらえるようになりました。
フレンチの要、ソース作りはてまひまを惜しまない
フランス料理を作る上で一番てまひまをかけるのはソースです。フランス料理はソースで食べるもの、と言っても過言ではないくらいですから、メインの食材と同じくらい力を入れています。ソースの元となるフォン・ド・ボーは時間をかけてゆっくりと仕込みます。さまざまな食材やお酒を合わせて作るのですが、香りを飛ばさないようにじっくりてまひまをかけ、熱々の状態でメイン料理の肉にたっぷりかけて提供します。今は既製品にも美味しいフォン・ド・ボーはたくさんあるし、安定した味が出せるのですが、「味わい深く、軽やか」なソース作りが信条のドミニクの教えにしたがって、ソースに関しては最初から最後までレストランの厨房でスタッフと共に作っています。その日使う肉や野菜の状態によって味も変化しますが、そこは手間を惜しまず調整します。いつも店に来ていただくお客様のことを想像しながら丁寧に作っています。
フランス料理ではソースが作れるようになって一人前。てまひまかけて仕込んだソースをかけてメイン料理が完成する。皿の上に絵を描くように仕上げるのもシェフのセンスの見せどころ。
レストランでは伝統的な料理を出していますが、コンクールでは日本の食材を使った料理酒でマリネし、じゅんさいやとんぶりをアクセントに添えたものや、比内地鶏とフォアグラのテリーヌを日本酒で味付けした料理を作りました。このほかにも、日本各地の食材を使ったイベントが好評だったので、今後もレストランと地方とが手を繋いだイベントを仕掛けていきたいと考えています。
今年、パテ・アン・クルートの世界選手権大会で日本人がチャンピオンと3位を勝ち取りました。このニュースには刺激を受けましたね。僕も自分のパテ・アン・クルートにさらに磨きをかけ、もう一度コンクールにチャレンジしたいです。まだまだ知らないクラシックなフランス料理はたくさんあるので、日々研究を重ね、多くの人にフレンチの素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。
銀座・数寄屋通りにあるレ・コパン ドゥ ドミニク・ブシェ。パリに本店を持ち、フランス料理界を牽引してきたドミニク氏が、ガストロノミーとビストロを合わせたような“ビストロノミー”をテーマに考案した伝統的な料理が楽しめる。気取らない雰囲気で本格派のフレンチが食べられるとあって若い人にも人気。
伊藤翔
写真提供/レ・コパン ドゥ ドミニク・ブシェ 取材・構成/久保寺潤子