食べることの原点に立ち返る農業
— 八ヶ岳南麓ファーム 八巻珍男さん —
📍山梨県・八ヶ岳南麓
山梨の豊かな自然の中で、農薬も肥料も使わず、作物本来の力に委ねる“自然栽培”に取り組む八巻珍男さん。
現在は米や麦、大豆、そして約30種類の野菜を育てながら、次世代の農業を担う研修生の受け入れも行っています。
もともと農家の出身ではなく、30歳で会社を立ち上げ、30年にわたり経営を続けてきたという異色の経歴の持ち主です。
「60歳になったら農業をやろうと、もともと決めていたんです」
しかし、その道のりは想定していたものとは大きく異なっていました。
会社の倒産をきっかけに、思い描いていた形とは違うスタートを切ることになったからです。
それでも、「やること自体は変わらない」と語ります。
失われていく農地への危機感
八巻さんが農業を志した背景には、強い問題意識がありました。
放棄され、次第に原野へと戻っていく農地。
先人たちが苦労して切り拓いてきた土地が、使われないまま失われていく現実に、「もったいない」と感じたといいます。
さらに、日本の農業は担い手が減り続けている状況。
「食べ物がなければ、人は生きていけない」
資源や経済よりも、まず“食”があってこそだという考えが、八巻さんの根底にあります。
農業でしっかりと生計が立てられる仕組みをつくりたい。
その思いが、現在の取り組みにつながっています。
“何も使わない”という選択
八巻さんが実践しているのは、農薬だけでなく、有機肥料すら使わない自然栽培。
「違いは簡単です。使うか、使わないか」
一般的な有機農業では、堆肥や動物由来の肥料などを使用しますが、自然栽培ではそれすら使いません。
頼るのは、土地の力と水、そして太陽。
「ここにあるものだけで育てる」
シンプルでありながら、最も難しい方法でもあります。
また、使用する種も固定種にこだわり、F1種(交配種)とは異なる、土地に根ざした作物づくりを行っています。
手をかけない、という技術
一見すると「何もしていない」ようにも見える自然栽培。
しかし実際には、環境とのバランスを見極める繊細な観察と判断が求められます。
「育てるというより、育つということ」
人がコントロールするのではなく、自然の流れに委ねる。
その考え方が、日々の農作業にも表れています。
農業の現実と向き合う
現在、八巻さんのもとには、自然栽培を学びたいという研修生が集まります。
国の制度を活用しながら受け入れを行っていますが、その人数は限られており、決して簡単ではありません。
「人を増やしたい。でも、そのためには収入が伴わないと続かない」
農業の難しさは、作ること以上に、それを“仕事として成立させること”。
作物をお金に変える仕組みづくりこそが、大きな課題だといいます。
次の世代へつなぐために
「これからは若い人たちに任せていきたい」
八巻さんが力を入れているのは、技術だけでなく、“農業で生きていく道”そのものを次の世代へつなぐこと。
自ら築いてきた販売の仕組みや収入のモデルも含め、研修生たちに共有しています。
「10年、20年、もっと長く続けていく人たちのために」
自然栽培という選択は、単なる農法ではなく、未来への投資でもあります。
日々の暮らしの中にある農業
朝5時半に起き、ラジオ体操をしてから一日が始まる。
作業前には研修生とミーティングを行い、その日の仕事を共有する。
自然とともにある、規則正しい暮らし。
そこには、特別なことは何もありません。
ただ、当たり前のように“食べるものをつくる”という営みがあるだけです。
食の価値を、もう一度
「農業で暮らしていくのは、簡単なことではない」
そう語りながらも、八巻さんはこの道を選び続けています。
食べることの大切さを、もう一度見つめ直すために。
そして、その価値を次の世代へつないでいくために。
静かに、確かに続いていく、その営み。
そこには、これからの農業のヒントが詰まっています。
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