おいしい本 Vol.3/杉浦日向子 著『大江戸美味草紙』

「おいしい本、いただきます。」は、食にまつわるさまざまなウンチクや名場面がいっぱいの、眺めておいしい、読んでおいしい本を紹介する連載です。3回目に取り上げるのは、杉浦日向子によるエッセイ『大江戸美味草紙』。

江戸庶民の暮らしの真ん中に、

「食」のあるしあわせ。 


大江戸美味草紙』杉浦日向子 著 PHP研究所 刊 

ひょいと角を曲がったら、朝ごはんの炊ける匂い漂う江戸の長屋の前に立っていた……。著者・杉浦日向子の軽妙な語り口に、そんな錯覚を起こしそうになります。「ごはん」とは御の字の付いた、たいそうな飯、つまり白米のこと。江戸っ子は何でも将軍様の真似をしたがり、三食白米を食べる将軍様に倣って、その日暮らしの庶民までが「麦飯食うくれぇなら死んだほうがましと豪語した」と記します。江戸の最盛期がパリやロンドンをしのぐ大都市だったというのは知られていますが、全国から大勢が流入した理由のひとつが銀シャリ(白米)をたらふく食べたいということだったようです。そこで、生まれた商売が「つき屋」。「つきぃ~~こめつかぁ~~つきぃ~こめつこぉ」と声を上げながら、路地をぶらぶら。客の好みに合わせて玄米をついて精米する体力勝負の商売です。 

≪つきやむしゃむしゃ甘塩の九寸五分≫

漫画にエッセイに小説にと江戸風俗を表現し尽くした杉浦日向子ならではと感心するのは、本書が『風柳多留』などの川柳集から「食」に関連する川柳を引き、その謎解きをしながら四季折々の江戸の暮らしへと読者をいざなう点にあります。この川柳の「つきや」は先述の商売。そのつきやがむしゃむしゃ食べているのは、九寸五分――30㎝。答えは、秋本番のサンマ。裸一貫で銀シャリ目当てに地方から江戸へ出て、つきやを生業にした若者が、白米とサンマで日々を噛みしめている様子が目に浮かびます。

≪金持ちとみくびっていく鰹売り≫

≪初鰹そろばんのないうちで買い≫

前者は、金持ちほど倹約家なため高価な鰹に手を出さないという意。後者は、日銭暮らしの職人が、気前よく縁起ものの初鰹を買う様子を表しています。エッセイの中に仕掛けられた川柳によって、江戸の風景がより生き生きと浮かび上がってきます。ほろり、くすり、貧しくてもカラリと明るい。季節ごとの恵みを味わい、一日を精いっぱい生きた江戸暮らしが、ことさらうらやましく感じるこの頃です。

文・写真/牛島暁美